献血ルームの中は、暖かく、ヒーリングミュージックのような

音楽が流れ、テレビが正月特番を流していた。

画面の中では、若手芸人が正月にちなんだ漫才をやっている。

室内には、1人だけ40代だろうか、

男性が奥でベッドに横になって献血をしている以外は、

目の前の天敵と、後ろの栗毛のボブカットとツカサだけだ。


「さかさ~~~!!」

目の前の天敵が叫んだ。さながら鷹が鳴きながら獲物を捕らえんとするかのようだ。

ツカサにはそれが旧友を懐かしむ友人の目には見えなかった。

ほら、栗毛のボブカットがビックリしてるじゃないか。

目の前の看護師は佐々木 沙希。

小・中の同級生だ。当時ツカサはまだ背が低く、佐々木 沙希に

これでもかというくらいからかわれていた。

当時からキレイな娘という印象だったが、更にキレイになっていた。

ただ、黙っていれば、10人いれば10人が美人だというルックスだが、

しゃべると5分で、3人。1時間で7人は、考えを改めるだろう。

人は見た目だけじゃないと―――。

トラウマとも言うべき忌まわしき記憶。

ツカサは脳を全回転させた。

1、逃げる

2、コチラもテンションを合わせ、再会を喜ぶ。

3、「話しかけるな」というオーラで空気を読ませる。

4、知らないと言い張る。


「逃げた」としても、追いかけて来るに違いない。なぜ逃げたのかと逆に面倒だ。

「再会を喜ぶ」―――のは無理だ。全くうれしくない。

「空気」は―――――読めないヤツだ。

消去法で残ったのは、「知らないと言い張る」


うん、知らぬ存ぜぬで通すしかない。こいつとはこれ以上関わりたくない。


「え?」

ツカサは誰のとこかわからないふりをした。

「なによ、サカサでしょ?」

「いや、違いますよ。人違いじゃないです?」

「え、・・・あ、すいません。同級生に似てたのでつい。

献血ですよね。」

「はい。」

よし、思った以上にうまくいった。

献血だけして、二度とここには近づかないと誓った。

「ではこちらの用紙に必要事項のご記入を・・・」


(しまったーーーーーーーーーーーー!!)

(ああ、なんて浅い脳みそフル回転。名前を書くに決まってるじゃないか

知らないふりなんてするんじゃなかった。)

(佐々木沙希のことだ、知らないふりをした代償に何をされるか分からない)

「大丈夫ですか?汗が・・・」

ツカサは知らない間に脂汗をかいていた。

佐々木沙希と栗毛のボブカットが心配そうに見ている。

「ちょっと休んでいかれます?」

「あ、いえ、すいません、ちょっと気分が悪くなったので、帰ります。」

「大丈夫です?」

佐々木沙希の心配そうな顔は最初会った時とは別人で、仕事の顔だ。

「ええ、すいません」

(キターーーーーー。ナイス。ナイス流れ)

ツカサはそういうとゆっくりと自動ドアへきびすを返した。

自動ドアが開き、冷たい風が吹き込んでくる。

こんなに、外の空気がうれしいのは久しぶりだ。

九死に一生を得たとはこのことだ。 

まだ、動悸のする胸を押さえながらツカサは外へ出た。

(家へ帰ろう。また誰かに合いそうだ。)

そのままツカサは来た道を真っ直ぐにわき目も振らず家へと帰った。

2つめ角を右に曲がり、その先100メートルを左折で佐田家だ。

所要時間は5分ぐらいだろうか。

ツカサが、家の玄関ドアに手を伸ばした時、背後から声がした。

「さ~か~さ~」

女性の声のはずだが、猛獣が喉を鳴らす音のような低音が

ツカサの下っ腹に響く。

思わず振り返ると、佐々木沙希が立っていた。

ツカサは小学校の時、佐々木沙希が

喧嘩をした同じクラスの男子の家に乗り込んで、

母親にまで謝らせた話を思い出した。

そうだ、そういうヤツだ。

佐々木沙希を甘く見ていた。

普通、勤務中に知らない男の後つけないだろ。



第5話 「血を吸う女」につづく。