のんびり介護&行政書士業務日記

のんびり介護&行政書士業務日記

母の介護生活5年目。
そんな中、行政書士として開業いたしました。

そのときから10年。母の介護も15年目となり、突然の施設入所となってしまいました…。呆然としています…。

バタバタした毎日を綴って行こうと思います。

群馬県で、親の介護をしつつ、行政書士を営んでおります。


毎朝、着替えをさせ、歯磨きを手伝い、朝食をとらせ、薬を飲ませた後、仕事に取り掛かるといった感じで、一日がスタートします。

そんな毎日を、思いつくまま、期していきたいと思いますが、そんなに更新頻度は高くないとは思いますが、よろしくお願いいたします。


最終記事からもうすぐ3年。

その間、いろいろなことがありました…。

 

まずは、最終記事の年の11月、長い子と介護していた母が亡くなりました。

年齢的には「大往生」と言ってもいいくらいではありますが、しかし、長く介護していると、そんなことは考えられなくなっていました。それだけに、やはりショックではありました…。

その後、数か月は、放心状態…。

仕事のときだけ、いろいろ忘れられるので、助かりました。

 

父については、病院から特養に入所することになりました。

ちょうど母と入れ替わりになった感じで(同じ特養だったので)、何か皮肉なものです…。

母のお見舞いに行っていたのが、その後は、父のお見舞いに行くことに。

 

その後、少しづつ気持ちは落ち着いてきて、3日3月3年と言いますが、そろそろ穏やかな心持になってきつつあるように思います。

そんな月日を過ごしてきました。

 

また、書けるときに、少しづつ綴っていけたらと思います。

 心配していた父の手術後の合併症、よくならないようだ…。

 

 父が動脈瘤の手術をし、その際、合併症の心配はありますが、その確率は数パーセントです。そう言われたのだった。

 なので、何の心配もしていなかったのだが、その後、なかなか連絡がないなと思っていたら、突然、リンパ液の漏出、いわゆるリンパ漏があるため、もう一度手術をします、と。まあ、それで漏出が治まるなら、とお願いしたのだが、その後、またしてもなかなか連絡がない。そして、今日、またまた連絡。まだ漏出があるので、手術ではなく、違う方法をとってみます、と。

 父の入院期間、どんどん伸びて行ってしまう…。

 

 そもそもの起こりは、4月8日の土曜日であった。朝、起きると、父が廊下で倒れていたのだ。転んで足の骨でも折ったのだろう、そう考え、近くの医者に行こうかと思ったのだが、何しろ立てない。で、救急車を呼び、総合病院へ連れて行った。結果、右の脳梗塞で、CT画像にもはっきり血の塊が写っていた。ただ、脳であるため、手術はできず、入院して、経過を見ることになった。その後、リハビリをすることになる、と。

 まあ、それはそれでよかったのだが、それとは別に、全身検査の結果、下腹部に静脈瘤が、それもかなり大きなものがあり、手術しないと破裂する可能性がかなり高い、と。90代と言う高齢の父ではあるが、それでも手術した方がいい、と。ただ、合併症の恐れはあるとは言われたのだ。ただ、その恐れは数パーセントである、と。そして、その数パーセントに入ってしまったようなのだ、父は…。ショックであった。静脈瘤のバイパス手術自体はうまくいった(まあ、多分)のだろうが、合併症に遭ってしまうと、手術してよかったのかどうか…。そもそも、手術自体が、予定よりかなり長くかかったので、もしかしたら、その時点で、経過がよくなかったのでは、そう疑ってしまう。

 とにかく、先に書いたが、リンパ漏があり、手術してもよくならない、と。まさか、こんなに長い間の入院になるとは、当初は想定もしていなかった。最初は、死ななくほんとによかった。ただそれだけだった。後遺症があったとしても、まあ、それでも、と。それが、とんでもない状況になりつつある…。

 

 昨年、母が骨折し、それまでの自宅介護から特養への入所となり、家に大きな変化があったが、その翌年、またこんな事態が訪れるとは、思ってもみなかった。

 

 世間一般から考えれば、ほんと、取るに足らない出来事、よくある出来事何だろうが、いざそれが自分に降りかかると、もう「自分は不幸な人間だ」そういう気持ちになってしまう。いまはただ、気持ちを落ち着けえ、現状をしっかり認識し、やれるべきことをやる、それしかない。

 

 しっかり前を見つめて、がんばろうと思います。そして、仕事もきちんとしないと。

 以前、毎日、忙しくて、のんびりとした毎日をゆっくり過ごせたらな…、そう願っていた。でも、それって、ほんとにいいことなのか、そう考えてしまう。

 

 今晩、ブラタモリで竹富島をやっていて、月平均2回のお祭りがある、と。日常生活以外にそれって、メチャクチャ忙し過ぎて、やってらんないんじゃないかなと、以前なら思ったろう。ただ、いま思うこと…、忙し過ぎるって、空いてる時間、暇な時間を、くだらない物思いに耽る必要がなく、素晴らしいことなんじゃないかなと思ったりした。「百姓は生かさず殺さず」で、感がる暇を与えず働かせろ、と、悪いことの代名詞のように言われる言葉だが、過労死するほどのものは別として、そうでなければ、忙しいにこしたことはないんじゃないかなと思える。

 

 今日、施設に行き、母とリモートでの面談をした。家でもできるのだが、やはり施設ですると、この建物にいるのだと思いつつ話せ、顔を見ることができるので、気持ち的に、臨場感を感じられる。一週間ぶり以上だったので、顔を見られて嬉しかったが、ただ、そのときは嬉しいが、帰宅し、部屋でひとりになると…、余計なことを考えてしまう。以前なら、夜、母の介護をしてから夕食を取り、風呂に入り、それが自分のことだけをすればいい。すっごく、寂しい。楽であるはずなのだが、肉体的には確かにそうなのだが、精神的には落ち込む。そんな考えなどしなくて済むよう、やることがたくさんあればいいなと…、これって、ないものねだりなのかな…。

 

 哀しくて、辛くて、寂しい毎日が続きます、まだまだ…。

 

 曜日の感覚がなくなってしまったような、そんな毎日。今日は何曜日?と戸惑う。

 

 一週間、母が基準だったと言える。訪問看護、デイサービス、母に対するそれらのサービスが何曜日にあるからということで、こちらの生活パターンも決まってきて、お客さんのところへ行く日も、それに合わせる必要があった。思いどおりに行動できなくて、忸怩たる思いをしていたのだが、いざ、それがまったくなくなってみると、毎日、いつ行動してもいいとなると、かえって迷う。

 

 完全な自由って、不自由だなと思ってしまう。ある程度の制限があると、その範囲でいろいろ考えて行動するのだが、それがいつでもいいとなると、目の前が開けたと言うより、目標がなくなってしまったような。ヘンな気持ちである…。

 

 そんな中、哀しみが襲ってくるのだから、たまらない。空いた時間、それが哀しみの時間に置き換わるとすると、辛過ぎる。

 

 早く、いまの毎日に適応しないと…。苦しくて仕方ないよ…。

 

 母が施設に入所してから今日で一週間。毎日毎日がこんなに長く感じられた日々は、ついぞなかったのではないか。そして、その一日一日が長いのだ。朝起き、昼頃になると、焦燥感、不安感に襲われ、慌ててデパスを飲む。それから1時間ほどで、その苦しみも治まり、とりあえずは、平常な心持になれ、仕事もできるようになる。

 

 そう、その仕事だが、母の介護をする必要がなくなったので、少なくとも6時間以上は空いた時間ができ、仕事をキッチリできるようになるはず。ただ、母の介護を前提に、仕事をセーブしてきた関係上、すぐすぐ仕事が増える訳でもなく、それは集客に時間を費やさないとなのだろうが、いまはその情熱が薄い…。

 と言って、空いた時間、何も考えないと、母のことを考えてしまう。いま、施設で辛い思いをしていないか、哀しい思い、寂しい思いに陥っていないか、と。考えたって仕方ないこと、ほんと、これ以上詮無いことはないのだが、うっかりすると無限ループに落ちて行ってしまいそうになる。そして、施設に行ったとしても、コロナ禍で、中に入ること、母に直接会うこと、触れることはできないので、却って焦燥感が増してしまう感じで、藪蛇になってしまう。

 

 何とも、何とも…。実に個人的な感情なので、共感してもらえる人などないだろうし、もっと辛い思いをしている人など五万といるなどと言い返されるのが落ちだろう。でも、いまのぼくにとっては、と言うか、結局のところ、自分の心しかわかることはできないのだから、何とも…、仕方ないとしか言いようがないでしょうね。

 

 今日は、ほんと、グチグチと書きなぐるだけの文章でした。

 失礼しました…。

 

母の空のベッドをみると、胸が締め付けられるような気分になる。施設にいるとわかっていても、辛い思いをしてないかな、哀しい思いをしてないかな、せんないことを思ってしまう。
辛いです。

 母が施設に入所後、今日が二度目の面談日。と言っても、コロナ禍のもと、リモート面談で、自宅からパソコンの画面を見ながらのもの。何か、前回に比べ、顔の肌荒れがひどくて、クリームを塗りたいくらい。しかし、触れることなどできず、忸怩たる思い。施設では、きちんと介護できているのだろうか…、そんな思いがよぎる。ぼくのせいで、母は施設に入所せざるを得ず、結果、あんな状態になってしまい…。そして手を触れることができない状況。辛いよ、哀しいよ、苦しいよ、切ないよ…。

 何か、だんだんと母の顔を見るのが辛くなってくる。施設の介護員は、こちらの顔を見ると、母が喜んでいるようだと言っているが、と言うことは、穿った見方をすれば、施設での母への対応が、虐待とは言わないまでも、十分ではないということを意味するのではないのか、と。そんな状況に追い込んでしまったぼくがいる訳で、何なんでしょう。こんなのうのうと自宅でのんびりしていて…。苦しい…。

 こんなつらい毎日はないよな、ほんと。辛すぎます…。

 

 買い物から帰ってきて、母がいないベッドがある。

 

 以前だって、買い物から帰ってきても、母が話しをする訳でもなく、特段、反応する訳でもなかった。ただ、そこにいるだけで、母がそこに、ベッドに寝ている、それだけで安心できた。それが、空のベッドがあるのみ。

 そんなとき、やはり淋しさを感じないわけにはいかない。

 

 施設にいるであろう母、それだけの違いなのだが、全然違う感じ。

 

 何だろうなと思うと…、物語かな、と思う。子どもの頃、喘息だった私を、毎週、減感作の注射を打つために、自転車の後ろに乗せてかよってくれた母、その思い出が、昨日のことのように目に浮かぶ。何にも孝行できない内に、施設に、旧に入所してしまった母。それを、頭の中で物語として構成してしまうことによる哀しみなんだろうなと思う。

 

 人間って、不思議だな。感情なんて、ほんと、無駄だ。そんなもの、なければいいのに。辛いだけだもの…。

 

 いま、とても自由時間が増えた。すごく毎日が楽になった。

 

 しかし、とても辛い。不安であるし、吐きそうな気分に襲われたりする。

 

 日常というもの、それは、不要不急とか無駄とか、そういったものとは次元を異にするものなのだろうか。

 

 いままでの毎日、母への介護、朝、起こしてからトイレ介助、歯磨き、顔を拭き、それから経管栄養と水分の胃瘻からの注入。これら一連の行動で約3時間。昼は経管栄養だけなので2時間だが、夜はトイレ介助があるので2時間半ほど。単純合計でも7時間半だが、時には便漏れの洗浄で約30分くらい費やすことがままある。そして、それら一連の行動が私の日常であった。それが当たり前の毎日であった。

 その間に、仕事、行政書士としての仕事をしていた。ほとんどはデスクワーク、パソコンに向かう仕事なので出来たし、週に2回のデイケアに行っている日は、お客さんのところへの訪問、官庁への訪問に充てていた。ほんと、毎日、辛かった。何でこんなつらい毎日を送っているのだろう、そう考えたりもした。でも、できれば自宅介護、それをずっと続けていたかった。

 

  それが、母の骨折により、考える間もなく、明日から施設入所という事態。ほんと、考える間もなく、心に落とし込むこともできない内に、毎日のリズムが激変してしまった。

 

 確かに、ものすごく楽になった。その時間、もっと積極的に仕事に費やせるだろうし、あるいは、ゆっくり休養を取ったり、旅行に行ったり(介護になってから、日帰りの旅行など、できる由もなかった)、確かにできるのだろう。でも、いま、そんな気分になれない。時間が経過すれば、この生活が日常になれば、出来るようになるのかも知れないが、いまは、無理…。

 

 今日、施設に面会に行った。しかし、コロナ禍の今、直接の面談はできないばかりか、骨折で車いすに乗ることもできないので、ガラス越しの面会も出来ない。タブレットを通しての、顔を見て、声を聞く面談。看護師さんが言っていたが、「やはり家族の方だと、よく話したり、笑顔になったりしますね」とのこと。話しとは言っても、会話はできないので、「ウーウー」と言った声を聞くのみだが、それでも、そこに母がいるのがわかる。そしてその母だが、会えてうれしいような顔だが、また、直接でないので、哀しそうでもある。その顔を見ると、余計に切ない気分になってしまう。それもあったのだろう、帰宅した後、不安な気分に襲われたのだろう。会いたい、でも、あの母の顔をまたみるのも辛い。

 

 ひとり、部屋にいると、無性にさびしくなる。いままでと同じ、階下に母がいるか、施設にいるか、それだけの違いなのだが、その差は大きい。

 

 母、寝ているだけで、何をするわけでもない。ただ寝ているだけ。無駄、その言葉で片付けられそうな日常である。でも、無駄って、一体なんだろう…。生まれた者は誰でも死ぬ。生きてることって、大いなる無駄でしかないのかな。永遠がない世界で、無駄なものなんて、何一つないんだろう、そう思う。

 

 哀しいけど、一歩一歩、進んでいくしかないんでしょうね…。

 昨日、特養に母を入所させ、一挙に毎日の自由時間が8時間ほど増えた。毎日3回の経管栄養の時間、その前後の準備後始末と歯磨き、排尿、排便の処理、それらが一挙になくなった。しなくてもよくなったのだ。実際、すごく、いや、ものすごく楽になった。ただ、それが当たり前の時間だったので、それがしなくてもいいとなると、…どうしよう、と。

 毎日、行政書士の仕事をしつつの介護、確かにタイヘンではあったが、それが当たり前の毎日、それを前提としての毎日だったので、一気に生活スタイル、生活パターンが変ってしまう。より一生懸命仕事に打ち込める。確かにそのとおりなのだが、というか、そうしないと、余計なことを考えてしまって、心が持たないと思う。でもいまは、何か、ボーっとした気分です。定年退職で落ち込むとか言うが、いまの私、まさにそれなんじゃないかな、と。燃え尽き症候群、か。確かに有難いのだが、それが、母の骨折の結果というのが、罪悪感を強く感じる。というか、まさに私のせいで母が骨折した訳で、私が全部悪いのに、結果、私が楽になるって、それっていいの、と。

 すっごく嫌な気分です、いまのところは…。

 

 時間が解決してくれることを…。それと、ちょくちょく面会に行こうと思う。ガラス越しの面会しかできないが、それでも、少しは安心できるから。

 

 それにしても、辛いです。