先日、医師から一通のメールが届きました。
〇〇さんが入院されています。なつかしくてお会いしたのですが、私のことは忘れたのか反応がなく、あなたのことを話していました。検査入院のため入院期間は短いと思います。お忙しいでしょうが、会いに行かれてはいかがでしょうか。きっと喜ばれます。
〇〇さん。懐かしい名前に一瞬、胸がきゅっとしました。
え、検査入院?問題あったのかな?……あ、明日には退院か。良かった。
先生、忘れられてちょっとショックだったのかな?ふふふ。
会えるのは、今日だけだ。行こう。
「〇〇さん、お久しぶりです」
「え、ん?だれ?」
「〇〇です。〇〇のときの看護師です」
「……え?だれ? えーと、ちがう、あの、そう、〇〇さん!これは、えーと……忘れてたわけじゃなくて、歳をとると思い出すとか、反応するとか時間がかかるから、歳とるってこうなるんやで」
そう言って照れくさそうに笑う〇〇さん。
その様子に、なんとも言えない懐かしいような、歳をとった切なさがこみ上げました。
次会う時は、私のこと忘れてしまうかな。
「お互い歳をとりましたねぇ。白髪、増えましたね。先生が、忘れられたってショック受けてましたよ」
「違う違う、思い出しても、言葉に出るまで時間がかかるんやって、目も見えへんようになるしな。」
「そんなもんなんですか……勉強になります。お元気ですか?運動して、規則正しい生活してます?」
「してるしてる。聞くこと変わらへんな。今回も問題なかったやろ?どうせ、見たやろ? 入院した時は大変やったからなぁ。…中略
最近は自分のこともあるけど、田舎の親がな……みるのに車がいってな……」
気がつけば、1時間以上話していました。
別れ際、〇〇さんは
「そうか、またな、」と言いました。
いつも同じ、またな。
次も元気に会えると思ってる、またな、だ。
最期を覚悟した挨拶じゃない。
次は、外来に会いに行って驚かせようかな。
先生のメールがなければ、今日という日を逃していたかもしれません。
短い時間でしたが、年月を越えてつながる記憶と、変わらない信頼に触れられたひとときでした。
そして、〇〇さんの言葉――
「忘れてたんじゃなくて、思い出しても言葉に出るまで時間がかかるんやって、そんなもん。」
老いるということを、あらためて教えてもらった気がします。