7年前の今日、日本は東北を中心とし、
未曾有の大災害を経験しました。
被災された方、そして亡くなった方々に対し、深い哀悼の意を表すと共に、
個人はもとより、地域がいち早く復興する事をお祈り申し上げます。
自分自身に出来ることを全うし、社会のために、引き続き努力していきたい。
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当時、都内で仕事中だった自分は、ビルの中で突然大きな揺れを感じました。
下から突き上げるような縦揺れが起こり、その後は今まで感じたことがない横揺れが、長い時間続いたことを記憶しています。隣のビルを見ると左右にユラユラと揺れているのが見えたくらいです。
その間、何もすることが出来ず、ただただ揺れが収まるのを待っていたかなぁ。
ほんとうに長く感じました。
それよりも衝撃を受けたのは、テレビのニュースの映像でした。
岩手県、宮城県、福島県の沿岸部が次々と報道されました。それは『大津波』
海から逆流して陸地のありとあらゆるものを飲み込んでいくその映像は、にわかに現実のものとは思うことが出来なかった。初めて地震を起因とした恐怖を味わいました。
東北で被災された方々の恐怖とは、比較することもできないと思いますが…
交通機関は全て止まり、千葉県が自宅の自分は帰宅困難になり、結局、会社で一夜を過ごすことになりました。当日は確か金曜日だったから、歩いて帰宅をめざす方々も多数、帰宅困難者も多数。都内は人で溢れかえり、車も動かず仕舞いで、双方の大渋滞が起こっていました。
コンビニエンスストアに行っても、早々とパンやおにぎり、カップラーメン等は品切れ。
物流も麻痺して、商品が届かない状況に苛まれてしまっていました。
余震は続き、眠れぬ夜が明け、夕方近くになって、少しずつ電車が動き出しましたが、駅には長蛇の列。やっとのことで電車に乗れても、すし詰めのうえ、動いたり止まったり。何時間掛かって自宅に辿り着いたかなぁ。
3.11の1週間ほど前に、『長周期型地震の恐怖』に関する報道がやっていたんですよ。まさか、現実に起こるとは思えなかった。
実は、地震が起こった翌日、2011年3月12日の新聞を残しておき、今日改めて読み返してみました。
『地震』『マグニチュード9.0』『阪神の700倍のエネルギー』『大津波』『続く余震』『重油流出大火災』『原発事故』『交通機関マヒ』『帰宅困難』『物流停止』…
これだけのことが同時に起こってしまったという現実。
『自然からの恩恵』と『自然の脅威』は表裏一体であると思いつつ、いつどこで何をしている時に地震が起こるかわからない中でも、自分の行動範囲でどのようにすべきなのか、考え備えておくべきだと感じた1日となりました。
形だけでなく、被災された方々の『心の復興』『地域の復興』が訪れることを切に願います。











