つよい意志
何かに感動したときは、ある目標に向かって進むつよい意志がでます。
しかし、時間とともに、その意志がだんだんうすくなっていきます。
それは、自分が怠けているからではなく、人として自然なことです。
だから、つよい意志を持ち続けるためには、それぞれ自分にあった工夫が必要です。
小さな目標をこつこつとたてる人、
誰かに常に話し続ける人、
1日に数分でも自分と向き合う時間をもつ人、
などひとそれぞれだと思います
人の工夫を参考ししながら、自分にあった工夫を重ねることです。
さて、私自身は、どうでしょうか?
とにかく人との共同作業というかたちで意志をつよく持つようにしています。
(その人が動いてくれなくてもその人がいるだけでいい)
「貧困の終焉」をよみつつあって(その2)
この本の3章では、経済の面から、世界の国をわかりやすく分けています。
縦軸に、
低所得国
中所得国(旧共産圏)
中所得国(石油輸出国)
中所得国(その他)
高所得国
横軸に
経済成長がマイナス
経済成長がプラス
日本はもちろん、高所得国で経済成長がプラス(高所得国はほとんどプラス)
ポーランドは中所得国のプラス
ロシアは中所得国のマイナス
中国は低所得国のプラス
アフリカの多くの国は低所得国のマイナス
へーと感心するばかりです
貧困国からの脱却をうながすため「臨床経済学」が大事だと言っています
臨床医学のように、その国を診断し、その国の背景にあった対策が必要だと
なのにIMFは、緊縮財政ばかりといっていると・・・
そのIMFは、アメリカの民間銀行の意向にそっており、長期的な視点での支援はしていないといっている
この臨床経済学の視点から、南米の「ボリビア」、「ポーランド」、「ロシア」、「中国」について、経済顧問的な立場から現場で取り組んだ結果や、分析した結果を書いている
世界中を旅している気分になるけど、やっていることは困難だらけでほんとにスゴイ!
情報過多
今カバンの中には5冊本が入っている
週刊の雑誌を家に送ってくるので、少し油断をしているとすぐにたまってしまう
他にも、ビデをからDVDの作成や、ホームページの更新など、やることはいっぱい
でも昔のようなパワーはもうない
もっと、もっと絞り込んだ生き方をしないといけないのかなー
意志を強く持てばなんでもできると思っているけれどそれもちとむずかしい
一人でやっているのがよくないのである
人といっしょにやろう。そうしよう。
「貧困の終焉」を読んで(その1)
今、「貧困の終焉」という本を読んでいる
副題は「2025年までに世界を変える」で、2025までに1日1ドル以下で暮らす最貧困層をなくすために、どうしたらいいかを書いている
今、2章の終わり、99ページまで読んだ。
1章は、最貧国のアフリカの「マラウイ」、最貧国から抜け出す階段の第1歩に足をかけた「バングラデシュ」、テクノロジーが発展しつつある「インド」、そして北京では先進国並みになっている「中国」の4つの経済的発展の段階を示している。
歴史的にいえば、1700年までは、世界中が最貧国の状態で、人口もほとんど変化がなかった。
それが、その後の経済格差で、約20倍もの格差がついたが、それは年率にすれば数パーセントの経済発展の違いがそういう結果になったとしている
2章では、その1700年以降の経済発展が、イギリスの産業革命から始まり、20世紀の終わりのソ連の崩壊でさらに多くの国で発展していることをわかりやすく記述している
今現在の日本の豊かな生活も、このような過去の歴史の積み重ねであるがそれを改めて実感した。
今が停滞しているのではなく、過去からの延長で考えれば、当たり前かも知れずそれを、切り開いていく努力が必要で、それは必ず報われると思う
いやー、いやにかたくなったけれど、今読んだ範囲の総括としてまとめられてよかった
ひさびさの記事 復活か
前回の記事は2005年の5月
2年以上たってからの復活です
復活のきっかけは、「ひとつのブログで会社が変わる」を読んだから。
もっと軽く書いていいんだなということと
あらためて、ブログの可能性を認識したということです
トラックバックは自分からしたことはなかったけれど
この世界をひろげるツールであり
今度ぜひ使ってみたいと思う。
今度組合の役員になるので
会社の中でもブログが使えないか考え中。
夕焼け
今日出張から会社に帰って、6階のまどから外を見ると大きな夕日が見えた。
会社から見る夕焼けよりも、川から見る夕焼けのほうがいいので、急いで淀川まで歩いていったが、夕日はいつのまにかもやの中に隠れてしまった。
あとで、日没の時刻をみると6時50分頃だったので、川についたときは時間的には間に合っていた。
夕方はどうしても息抜きが必要だ。
これからは晴れた日は、川まで夕焼けを見にこう!
顧客満足度
きのう日本橋の電気屋さんでデジカメを買いました。
前々から思っていたのですが、今の情報関係の製品はどんどん機能が新しくなっているし、デジカメであればプリンターとの組み合わせなど、関連するものが増えています。
日本橋には電気屋さんが多く、昔であればいろいろな電気屋さんを回って比較した上で買うということもあったのですが、生活が忙しくなり、製品の情報も多くなると、価格はそれなりでもいいので、自分が満足する情報が欲しく、それにあった製品を買いたいと思うようになってきました。
知らないことを相談したいという感じですが、昨日デジカメを買ったところはずっと前からパソコンなどを買っているところですが、だんだん満足感が得られなくなっています。日本橋の店が変わっていっていないというような気がします。
一度、梅田のヨドバシカメラで今度買ってみようかという気になります。
顧客を大切にするという方針のようなのですがどんなものなのでしょうか。
造幣局の通り抜け
土曜日の朝一番で造幣局の桜の通り抜けに行きました。
天候もよくて、朝早かったので人ごみさほどなく、写真が取れるぐらいでしたので
ゆっくりと見ることができました。
時間帯によれば押し合いへし合いになるようですが、時間帯を選べばゆっくり
みれるようです。
同じ桜が一面に咲いているのも、すごいなと感じますが、いろいろな桜が咲いているのは
また趣があります
花の色も、白やピンク以外に、うすい黄色や、黄緑や、緑のものもありました
花の形も、いろいろな種類があり、また、手にとって触れるようなところに花があったり、
木の内側から見上げるように花が咲いていたりと、変化に富んでいます。
桜並木の横に、宿舎が立っているのが不思議な感じでした。
造幣局という特殊な場所なので、その塀の内側にそこで働く人が住んでいるとは
納得できますが、それをこのいろいろな種類の桜と結びつけると
少し、考えてしまうものがあります。
もちろん、今では、そこにすんでいる人に大きな不便はないのでしょうが、
歴史的には、何か創造してしまうものがあります。
そう考えて桜を見ると、また感慨もひとしおです。
さて、この通り抜けは1年間で7日間と短い期間ですが、造幣局に桜の名所がある
というだけで、まちの深みというか、誇りというか、まちづくりには
とても役立ついい例だと前から感じていました。
この7日間で通り抜けを主催する人にとってはかなりの費用がかかっていると
おもいましたが、十分な価値のある催しだと感じます
お気に入りのかさ
いつもかばんに入っている、お気に入りの折りたたみの傘がある。
今日会社から出張に出かけるときに、急いでいたので、勢いよくかさを広げると傘のほねが曲がってしまった。
あっと思ったときはすでに遅く、いつもはゆっくり広げるのに、いきよいよく広げたため瞬間に折れてしまった。
かさの構造が弱いといってしまえばそれまでだけれど、コンパクトに折りたためる傘はそれだけで十分役立っていたから、やっぱりかさの特徴をよくつかんでいなかった自分が悪い。
ものを大切にするとは、その特性をよく理解して使うことなのでしょう。
どきどき感
今日は子供と嫁さんのおとうさんと3人でプロ野球を見に行きました。
久しぶりにプロ野球を生でみましたが、日常の生活と違う空間で、どきどき感を味わうことができました。
試合開始後の1回と2回は始まったばかりの緊張感があります。試合の中ごろは、少しなれた感じになりますが、終盤の8回9回になると、また終わりに近づくというどきどき感があります。(中盤が少し落ち着くだけに終盤は余計にその感があるのかもしれません)
見ている人のこのどきどき感に対し、選手は何かたんたんと試合をしているように見えるのがまたおもしろいところです。
テレビで見ると、部分的に詳しく見えすぎて、球場で全体の雰囲気のなかで見るのは、このどきどき感がちがうといえます。
(今日の川柳)
どきどきは生きてる感じそのものだ
生で見た自分のみかた探せるよ
テレビでは試合のみかた与えられ
