17回忌を迎える尾崎豊の珠玉の名曲の数々を、GyaOでは当時のライブ映像もまじえて大公開。
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■『尾崎豊』特集
ファンからのリクエストによるベストアルバムが完成!
CD初収録となる尾崎最後の音源、1991年10月30日の代々木オリンピックプールでの「シェリー」と、尾崎最初の音源、1984年3月15日の新宿ルイードでの「15の夜」を1曲ずつ収録した、ファンによるファンのためのベストアルバム『WEDNESDAY ~LOVE SONG BEST OF YUTAKA OZAKI』が完成!
。ピュアで刹那的、そしてストレートで情熱的、自らの身を削るように綴った尾崎を代表するバラードの名曲をお届けします。
■放送中のメニュー
●Track01 「I LOVE YOU」
いまだけは悲しい歌、聴きたくないよ。痛いほどにストレートな、ふたりの愛の歌「I LOVE YOU」。
●Track02 「FORGET-ME-NOT」
ふたりが育む飾らない小さな恋のメロディ。 街にうもれそうな小さなわすれな草「FORGET-ME-NOT」。
●Track03 「15の夜」
とにかくもう学校や家には帰りたくない。行き場を失いがちな十代の衝動を綴るデビュー曲「15の夜」。
●Track04 「卒業」
先生、あなたはかよわき大人たちの代弁者なのか? 自由へたどり着くために、支配からの「卒業」。
●Track05 「十七歳の地図」
大人になることへの不安と葛藤を描いた、尾崎豊のデビューアルバムの表題曲「十七歳の地図」を!
●Track06 「SCRAMBRING ROCK’N’ ROLL」
自由を求めるために疾走し続けた尾崎流ロックン・ロール・ナンバー 「SCRAMBLING ROCK'N'ROLL」!
●Track07 「僕が僕であるために」
尾崎の生涯追求し続けたテーマを歌い上げたアイデンティティ・ソング「僕が僕であるために」を!
●Track08 「ダンスホール」
オーディションで歌い、デビューライブで最後に歌い、生涯最後のライブの最後に歌った「ダンスホール」。
◆尾崎豊という人間 今もなお語り継がれる永遠のカリスマ
東京都世田谷区出身。1965年11月29日生まれ。青山学院大学高等部に入学した頃から路上で歌うようになる。1982年にCBSソニーのオーディションに合格し、現役高校生のままデビュー。1983年に1stシングル「15の夜」、アルバム『十七歳の地図』を発表。1984年3月、卒業式を目前に高校中退。彼が体現する、若者の鬱屈したエネルギーを解放するかのようなパフォーマンスが、10代~20代を中心に支持される。1984年のライブで高さ7mの照明台から飛び降りて左足を骨折するも最後まで歌いきった逸話は、当時を象徴するエピソードとなっている。1985年1月、シングル「卒業」を発表。同年3月には2ndアルバム『回帰線』をリリースし、オリコンチャート初登場1位を獲得。十代のカリスマとして確固たる人気を得る。しかし、1986年元旦の福岡でのライブで無期限の活動休止を発表。同年5月には単身渡米する。翌1987年1月に帰国して活動を再開し、夏にはツアーをスタートさせるものの、9月には急病のためツアー中断。同年12月には覚醒剤取締法違反で逮捕される。その後、新作『街路樹』を引っさげて、東京ドームでのライブで復帰。ファンに復活をアピールした。1988年5月には結婚、翌年7月には長男誕生と公私ともに充実したかに思われていたが、1992年4月25日、肺水腫のため急死。文京区護国寺で行なわれた追悼式には、雨の中にもかかわらず、ファン約4万人が集まった。
今もなお語り継がれる永遠のカリスマ、尾崎豊の17回忌となる今年、彼の軌跡を凝縮したファンからのリクエストによるベストアルバムがロックンロール編とラブソング編としてリリース。「I LOVE YOU」ほか、彼を語るに欠かせない珠玉の名曲たちやライブ映像を大公開。脳裏に尾崎がよみがえる。
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