『ちび猫のつぶやき*2026・03』
2026年3月13日【金】:苦難に立ち向かい続けているハズの人類が・・・
『歯車のシステム』である人の世の営み(経済活動や社会生活など)に於いて、人が作用を{疑似的に歯車を担い、繰り返して}作り出していて、{エントロピーの法則に基づいていたとすれば、一回しか起こらないハズであるのに}経済活動や社会生活などの人の世の営みを持続させる事が出来ているのですが、それが尋常ではない苦難が継続する{とても追い詰められた}ものでありますから、その過程で無自覚に『歯車のフリー』を人の自由としてしまい、「自由は勝手とは違う」としてしまって、必然であるかのようにドンドンと歯車のメンテナンスで人やモノを{石橋を叩いて壊す様に、搾取したモノから使い捨てにして行って}処分してしまうものですから、{苦難に立ち向かい続けているハズの}人類が{自分の居場所を理不尽に切り捨てて行って自滅に至る様な}危険な生き物として{人類は危険だと誰もが自虐しながら、何時までも修正できずにいて}誰からも嫌悪や拒絶の対象にされてしまうのです。
『前後が反転した時間認識』に基づいた人の世の営み(「進歩や発展」の継続や「倫理や道徳」の継承など)に於いて、人により特定の土台の上に{みんなが「一律な科学技術」や「一律な平和活動」を担い、繰り返して}物事が積み上げられていて、{パラダイム論に基づいていたとすれば、特定の土台に於いてみんなの一律な進歩による「パラダイム変換」が起これば「通常の進歩」が個別に行われる様に為るハズであるのに}「進歩や発展」の継続や「倫理や道徳」の継承などの人の世の営みの「通常の進歩」が{個別化を自制して}一律に行う事が出来ているのですが、それが途轍(トテツ)もない苦難が連続する{とても窮屈な}ものでありますから、その過程で無自覚に特定の全体が{パラレルな大全体での事態に目が向けられずに}妄信されてしてしまい、{過去に縛られた未来観で}能力は高いが行動が限定的で破綻へとしか行き着けなくなってしまって、当然の事であるかのように躊躇(チュウチョ)せず残り少ない未来の可能性を{テクノロジーやノウハウは進歩するのに人間自体が置き去りにされて行って進歩や平和が形骸化してしまうという事に考えが至らず、「椅子取りゲーム」を延々と続けるように}奪い合い続けてしまうものですから、{苦難に立ち向かい続けているハズの}人類が{自分の居場所を奪い合いで縮小させて自滅に至る様な}愚昧(グマイ)な生き物として{人類は愚昧だと誰もが自虐しながら、何時までも前進できずにいて}誰からも非難や侮蔑(ブベツ)の対象にされてしまうのです。