雑話276「MY BEST3 『接吻』」
私の好きな作品ベスト3の2番目にご紹介するのは、グスタフ・クリムトの「接吻」です。
グスタフ・クリムト「接吻」1907-8年
豪華で、どこか妖しげな輝きを放つ作品を描いたクリムトは、私の一番好きな画家のひとりです。
「接吻」はクリムトの作品の中でも最も有名な作品であるとともに、金を多用した「黄金時代」の最高傑作でもあります。
男女がキスをするシーンは、クリムトの描く愛情表現としてしばしば登場しますが、それらの中でも抽象性、象徴性ともに最高度に表現されています。
衣服の模様と融合したかのような抱擁する男女は、平面性を高めるために計算された独特のポーズを取っています。
そんな抽象性が強調された画面の中で、写実的に描かれた女性の恍惚とした表情がひときわ目立ちます。
この誘惑的な女性の足元を見ると、彼女が今にも崖から落ちそうになっていますが、これは愛の後に待ち受ける妊娠、誕生、そして死といった人の運命を暗示しています。
画面は金地背景、下部の花園、接吻する男女が描かれた鮮やかな金彩表現のエリアに3分割され、それぞれのエリアが独自の価値観をもちつつ各部分の表現を相対的に高めています。
とくに接吻の場面を取り囲む明るい金彩の部分の装飾表現は精緻を極め、さまざまな装飾モティーフが複雑に絡み合い、色彩のシンフォニーを形成しています。
ところで、金を多用した「黄金時代」の作品は、クリムトがヴェネツィアで見た中世ビザンティンのモザイク壁画に大きな感化を受けたものとされています。
大天使ミカエルのイコン(聖像画) 11世紀
※クリムトはこのイコンが収められているサン・マルコ大聖堂を訪れ、溢れんばかりの金彩、高貴な素材で装飾された平面的な造形に、大きな影響を受けました
「接吻」においても、金は聖なるものの顕現を表わすとともに、画面の平面性、あるいは水墨画空間のような無限性、現実空間と隔絶した無時間性をも表象します。
さらに、それは、限度を超えた騒音がもはや音として感じられなくなるように、過剰な装飾性ゆえにかえって静的な雰囲気をはらみ、描かれたものの永遠性と普遍性を強調することになるのです。
こうして様々な絵画的工夫が結集されたクリムトの「接吻」は、装飾的絵画という枠を超えて、美術史上まれに見る「美」のアイコンとなったのです。