2018年2月20日
Toshi-lowソロ@ヲルガン座で
一曲歌わせて貰いました
ナンバーはブルーハーツの名曲
青空
三年前の2月15日
豪雨災害の被災地であった佐東公民館で開催した
STHフェスの休憩時間中にトシローに教えてもらった曲
そしてフェスの打ち上げで歌った曲
その三年後にふたりで歌う日が来るなんて
人生は面白い
それも場所が三年前のフェスの司会者
ゴトウイズミちゃんのヲルガン座であることも感慨深いのです。
その当日昼のこと
広島に到着してすぐに
トシローは被災地に来てくれた
2月20日は被災から3年半となる
月命日
トシロー、かまちくん、西片さん
僧侶さまと自分の五人で
慰霊碑前で法要をさせてもらった。
忙しいなか、時間をつくってくれて
本当にありがたい
その夜の
トシローのソロは
最高だった。
山川のりをくんのゲスト出演も最高
いずみちゃんとの共演も最高
トシローはカバーを中心に
MCを交えながら二時間
アコースティックナンバーを披露
反戦反核
震災
ヘイト
集団的自衛権
北朝鮮
などなど
現在の日本が置かれている
状況を余すことなくオーディエンスに
歌で
言葉で
伝える。
これらのことは自分たちが関わりたくなくても
関わる問題
関係無いようなふりをすることもできる
耳を塞ぐこともできる
けれど
どうせなら前のめりでその事柄に対して向き合って
良い方向に動けるのなら進んだ方がいい
トシローは常に最前線にいる
リスペクトだ!
オールディックフォギーの
名曲
月になんて
に関してワシがSNSで書いたことも
読んでくれたみたいだ
同じ過ちを繰り返すなら
月になんて行かなくてもいい
発明は常に戦争の具に使われる
戦争に使われるくらいなら発明などなくていい
そういう解釈をした
トシローも同じくだった
ジーフリークの
ダディダーリンも歌っていた
この曲は原発のうただ
その原発事故は2011年3月11日に起こった
トシローは2011年3月11日から震災に原発にむきあってる。
わしは募金など送ったけれど現地には行けてない。
ひとりのとき
寝る前に
もし自分の土地で災害があったら
どうするのだろう?
とよく考えていたんだ
夢にもみた
瓦礫の中で
ただ佇んでなにもできない自分の姿を
だからこそ
自分が住む土地で災害があったら
絶対に動こうと決めた
動いたら
トシローが
細美武士が
手伝いにきてくれた
ケンジレイザーがきてくれた
自虐もそういちもアキトも来てくれた
愚鈍の仲間だ
地元の仲間もきてくれた
災害前は知らない仲間もできた
ガル憎くんとは親友になった
被災に遭われた方々とも仲良くなった
それから毎日のように
被災地で作業をした
音楽フェスで被災地に元気を!
なんて考えたことのないワシだったけど
というか
ワシワシじゃない
支援で知り合ったみんなが力をあわせて
作り上げたイベント
それがSTHフェスだった
最高の空間だった
あんな経験は人生で何度もあることじゃない
出演者も兼ねていたので
よく見えなかったのだけど
招待させてもらった被災地の方々が
たのしみ
笑い
そして涙も流していたと聞いた
初めてのことだ
自分たちが作り上げた空間で
被災者を元気づけれたなんて
その力を一番だしてくれたのが
トシロー そしてOAU5
MCの大切さを改めて感じた
今回もだ
想いを
要点をわかりやすく伝える話術は
天才だ
いや
きっと
伝えたいが故に
努力したんだろう。
最初から話すのが上手いやつなんて
いないから
そうして
トシローの言葉をうけた
オーディエンスも
人生にそのことを少しだけいれるだろう。
ひとつひとつは小さいけれど
やがて
それらは大きなうねりとなり
日本を良い方向に導くに違いない
もともと同じことを感じているひとは
多いはずだからね
やれ時間がない
生活が仕事が
と理由を考える前に
できることはなんだろうに時間を費やしたい
きっとあるはず
そうして
先人たちは道を切り開いてきたのだから
その中で間違えた部分がでてるのなら
わしらの時代で変えよう
後の世代に間違いを押し付けることなく
それが進化だとおもう。
発明は戦争以外に使おう
ロケットは月に
宇宙に
向けるべきだ
戦争にお金を費やすより
ロマンにお金を費やすほうが
よっぽど発展的な未来だとおもうのです。
そういうことを
あらためて
考えれた
とても大切なライブでありました。
トシロー
ありがとう!!






