今テレビコマーシャルで流れている、HISの激安韓国ツアーにインターネットから2人で申し込みをした。
一人は健常者、も一人は私である。

私は25年前にアメリカ大陸をオートバイで一周中にカナダで交通事故にあい、それ以来、車いすを使っての生活をしている。

車いすを使うようになってからの海外渡航歴は1987年に単独でカナダへ(日本で全く歩けない車いす利用者が単独で海外旅行にでたのは初めてに近いのではと思う)

その後、韓国・シンガポール・台湾・香港へはツアーで訪れ、・ギリシャへは取材で訪れた。

2000年にトライクで達成できなかったアメリカ一周をリベンジして完走。

2002年に日韓ワールドカップの競技場をやはりトライクで日本一周の後、韓国を約2周する。

今までの経験では空港からホテルへの送迎用バスに乗ることができた。

マイクロバスようなバスの場合は車いすからバスの入り口に乗り移って手とおしりでいすの横まで行って、床からいすに乗り移ったことがある。

ちなみにカナダで列車に乗ったときもそうした。

また、観光バスのような大型バスに乗ったときは一緒にツアーに参加した仲間に足先を持ってもらい、手とおしりで階段を上って通路を通って席に着いたこともある。

もちろん大型でも小型でもおんぶしてもらって乗ったこともある。

他のツアー参加者に迷惑がかからないように、先乗りをして、デューティーフリーショップではバスの中でお留守番をして、ホテルに到着後は最後にバスから降りた。

このようにして、いままでは旅行ができていた。

しかし今回ツアーを申し込んだHISはそれを許さなかった。

最初はKという担当者にこれまでの私の旅行歴や体の状態などを伝え、内部で検討してもらった。

2度ほど電話で話をしたが、そのたびに個人的ではあるがと言う前置きをしてだが、Kは理解してくれ
検討をしてくれたようだ。

2回目の電話の時に、Kと話をしてもらちがあかないので上司のYに繋いでもらった。

一度電話を切り、後にYから電話がかかってきて話した内容はこうである。

以前にも話したとおり、空港からホテルまで送迎するのに、ツアー用のバスには乗せられないという。

なので、専用車を使わなければならない。片道一人3000円かかるという。

私は私からお願いをして専用車にしてくれと頼んだわけではないのに、なんでお金を払わなければならないか。
またバスに乗ることができるのに、なんでわざわざ専用車に乗らなければならないかを質問した。

HISからの回答
最初は現地のツアーコンダクターが対応できないという。
 特別な対応をしてもらう必要はいっさい無いと答える。

次には安全が確保できないという。
 どこが危険なのか具体的に示して欲しい。また話の中でHISの中で規定があると言っているのでその根拠となる規定も併せて 書面にして示してくれないと納得できない。

また、誰がどのような判断で決済していったかを書面にて示して欲しいと申し入れをしたが、あくまで口頭でとの一点張りだった。

 「私を見たこともないのにどこが危険か判断できないでしょ」の問いにも規定にある「お断りすることもあります」の一文を出して

まるで車いすを使っているやつでもツアーに参加させてやるんだ、文句を言うな。せっかく専用車の料金、往復12000円だせば参加させてやるのに、なにをうだうだ言ってるんだと言わんばかりの対応だ。
おまけに、話の途中で、バスに車いすを乗せるスペースが無いという。(後から一例として言っただけと言い訳をする)

もう一度検討するというので一回電話を切る。そんなに時間がたたないうちに再度電話がある。

現地のバスは観光バスのような大型バスで・・・・・

もう、話す気力もなくなった。

最後に、車いす利用者は高齢者も含めて多くなっていくので今までのような対応では問題が大きい。内部でしっかり検討をして欲しいと申し入れ、今回のやりとりは名前は伏せて公開をさせてもらうと言って電話を切った。

なぜ、一人一人を見ようとしないのか。安全とは何か。旅行会社とは・・・
伊豆のへそという道の駅にトイレをするために寄った。長い時間トイレにいかなかったので、つらかった。一つだけある車いすトイレはしまっている。しばらくまつと出てきましたバスガイドさん。そのまま何事もなかったように通り過ぎるので、ちょっと待った!失礼ですけど、身体が何処か…と言い掛けると 和式しかなくて すぐにでようと…言い訳を始めた。バスガイドさんという大勢の方に接する人なので、もう、もらしてしまっていたけれど少しだけ話しをして、皆さんのてほんになって下さいと言ってわかれた。
がんばってくれるかな?


iPhoneからの投稿
初めて意識のあるうちに、手術室に入った。テレビで見るシーンと同じだ。口にマスクを当てられら。まだ幼い雰囲気を持った看護師さんがにっこりと笑いながら「大きく深呼吸をして」と言った。2度ほど深呼吸をする。目の前が酔っぱらったように、くるくる回りだした。
気がつくと、数人の顔が覗き込んでいる。少しの間、会話をしたきがするがそのまま眠りに落ちた。
朝目が覚めると、昨日までの背中の痛みが嘘のようになくなっている。
気持ちがいい!っと、違和感を背中に覚える。それは、事故にあった25年前に感じたものと同じだと思ったのは数日をすぎてからだった。

1986年カナダで交通事故に遭い、胸から下の感覚と運動がなくなった。
ベッドの上にある足は確かに目で見るとまっすぐになっているのだが、頭は違う方を向いているように感じている。

昨日まで、苦しめていた痛みはすっかり消え去り穴があいてしまっている。
そこは、風通しがいいとか、すーすーするとかいう次元ではなくブラックホールがあるみたいだ。

退院をしてから3日。背中に開いた穴は脳が勝手に埋めてくれたみたいだ。
もう少し、この感覚を味わっていたかった。

痛む→日常化する→なんとなくすっきりしない→治療する→すっきり、爽快になる→日常化する
良いことも、悪いことも変化の中で慣れていく。瞬間、瞬間を忘れないようにしたい。
大切にしたいと思う1週間だった。