小惑星追跡



「ジェニファー、予定より2日も遅れたな。 本当にここで良いのか?」
「うん、この方向でOKだよ。 小惑星はあと5日後に接近するからこの座標位置で待つように言われてるの。」

「減速しないのか?」


「再加速するのに時間と燃料がかかるでしょ。 この速度で大きく旋回して待つから。」

「・・・舞と連絡が取れないんだ、 サファイアが休ませているって。」


「ほうら、やっぱり・・・タカのことすっかり忘れてるんじゃないの? きっといい男でも見つけたのかもね。」

「お前、どうしても俺と舞を引き裂きたいんだな。 性格の悪い奴。」

「ちょっと、私に八つ当たりしないでよ。 それに少し飲みすぎね。 このペースで飲み続けると地球に戻る前にウイスキーと焼酎が全部なくなっちゃうから割り当て量は守ってよ。」

ジェニファーは空き瓶を片付ける。「空き瓶は捨てるよ。」

「瓶なんか宇宙で勝手に捨てていいのか?」

「きっと何万年か経ってどこかの宇宙人が拾って大騒ぎになるよ、この酒瓶・・・国宝級になるかもね。 でも少しはゴミ出し手伝ってよ。」

二人はエアロックの近くでゴミ投棄の準備をしていた。


「生きて戻れるかも判らないんだ。 どうせ5日も待つんならしばらくは休ませてよ。」


「タカ、少し太ったね。 最近体操してないじゃないの・・・デブ。」

「デブだあ?・・・大体お前の船内、狭いんだよ。」


「カーゴルームが装備でいっぱいなのよ! それに私、居住型の船じゃないし。 少し食べる量減らしたら?」

「それは言える・・・じゃあ、明日から。」

「今日から!・・・夕飯は野菜サンドだけね。 一食440kカロリーに計算するよ。」


「そんなのつまみになるか!ケチ。」
タカがカーゴへ体操に出かけるとサファイアからメッセージが届いていた。


<ジェニファーへ。 前回説明したように舞に一部機密が漏れてミッションに参加できません。 あなたが小惑星と接触前には再度参加出来るように調整しますが不可能な場合、舞は参加しないままミッションを継続するようになります。 小惑星と接触待機中、タカが不審に思う場合は困るのであなたから上手く説明しなさい。 現在、舞は自宅に居ます。 小惑星追跡開始時にまた連絡します。 サファイアより。>


<サファイアへ、予定より46時間遅れて待機位置に到着しています。 直径A9FFグラルで旋回航行中。 速度は現在を維持します。 接近した場合、予定より地球時間で30時間以上前倒しして追跡加速します。 加速が足りない場合は分割して生活用水を投棄します。 航行機能異常無し。 タカは少し太りましたが健康です。 舞と連絡が出来ないため多少不安定です。 停止中のテラは異常なしです。>


ジェニファーは船外作業に入り装甲の点検に入っていた。

タカはパンをくわえてコクピットに座る。 舞から緊急高速通信が入っていた。


「舞?どうやって高速通信できたんだ? センターからでは許可なく出来ないはずだろ?」

「今は別の指令所にいるの。 説明に時間がかかるからその件は省くよ・・・通信時間に制限あるから。 近くにジェニファー居る?」

「いや、端末は船外作業中だよ。 でもここで話せば本体に丸聞こえだけどな・・・それよりどうしたんだよ、しばらくレポートくれなかっただろう。」

「今、カナルと居るの。 訳あって今は仲間なの。 サファイアがタカに一部隠してることがあって。」

「カナルを再生したのか! 本当に大丈夫かよ。 それにサファイアが俺に嘘ついてるって? カナルのガセかも。」

「ジェニファーにシュビアの件を問い詰めてみて。 それとテラは爆弾なの。 ものすごく強いんだって。 小惑星を粉々にするくらい。」

「シュビアってテラが言ってた言葉か。 うん、判った。 テラが爆弾なんて知らなかった。 破壊に失敗したらテラで砕くのか?」

「多分・・・また連絡するね。 絶対シュビアの意味を聞いといてね、切るからね・・・」


タカが振り返るとジェニファーがすぐ後ろに立っていた。 表情は硬く、タカを見つめている。

「おい!・・・ジェニファー、お前に聞きたいことがある。」

タカはくわえたパンを投げ捨てジェニファーの両肩を掴んだ。


「今のちゃんと聞いてたんだろうな?・・・舞の通信。 シュビアの意味、知ってるんだろ? なぜ隠す? 俺に知られちゃまずいのか!裏切りやがって。」

ジェニファーはタカを見つめて何も言わなかった。 ゆっくりだったがタカに腕を向ける。 ミラーは開かなかったがタカには抵抗の意志を示したのはすぐ理解出来た。

「おう、俺と戦うのか?上等だよ。」 タカは拳を握ったがジェニファーには向けず、操縦席のヘッドレストに拳を叩き付けた。手の甲から血が流れ床には血が垂れてゆく。


「黙っていないで何とか言えよ、 お前ってそう言う奴だったのか?・・・俺よりサファイアの命令が一番なんだな?・・・そうだな?・・・最初から騙していたんだな? この嘘つき! お前を見損なったぞ。」


ジェニファーは首をゆっくりと横に振る。 次第に視線はタカの顔から逸れていった。

「おい、俺の目を見ろよ。 俺はお前の事を気に入ってたんだぞ。 今まで信じてたんだからな!」


「いいえ・・・騙していません・・・お願いですから信じてください。」

 ジェニファーは小さな声で言うとそのまま床に正座し顔を両手で覆った。「申し訳ありません。」

「ほう・・・やっと口が利けたな。 その勢いでシュビアの意味を教えてもらおうじゃないか?」


「ごめんなさい。 今は言えません。・・・すぐに出血を手当てしますから・・・。」

「いらねーよ、心のほうを治療して欲しいけどな!」

タカはジェニファーの襟元を掴んだため彼女の服に血が垂れて彼女の首の周りは赤く染まった。


「サファイアに連絡を・・・取らないと・・・。」


「判ってねえなー、俺はお前に聞いてるんだよ!・・・シュビアって何だ! 早く言え!」


「目標のことだよ・・・ねー。」

テラ2がタカの足元で言う。 テラ1も寄って来た。「喧嘩しちゃ嫌だ、タカ怖い。 それに怪我してるよ。」


「お・・・お前ら勝手に起動したのか、 それに何の目標だよ?」

「星を壊すのが私達の仕事。 最後の日に二人で頑張るの。 だって、そのために生まれてきたんだよ。」

テラ1はシートに座ると足を動かしながら首をまわして遊んだ。

「申し訳・・・ありません。 タカを騙すつもりは有りませんでした。 でも最後の日に説明するように指示をされています。 使用する当日までタカと舞には秘密にする計画ルールでした。」


「この二人はそのために積んだのか? シュビアって連邦標準語だな!・・・自爆攻撃のことか!」

「・・・はい。 シュビアコマンドをサファイアから送信すると定位置にセットされたテラ達は自爆します。 小惑星を細かく砕く最終工程です。 この子達はそのために連邦軍から支給されました。」


「強力爆弾をこんな幼児の姿にさせてか? かわいいと思っちまうじゃねーか、ひでえ悪趣味だな連邦軍は。」


ジェニファーはタカの傷ついた拳に手を添えた。「早く止血しないと・・・」
「離せよ、損傷修復してるからすぐ直るさ。 あっち行けよ。」

タカはジェニファーの手を振りほどき居住室へ酒瓶を持って入って行った。


部屋の照明を消し暗いベッドでウイスキーを飲む。 グラスを机に置くと天井を見つめていた。



「あの・・・タカ 様・・・入ってよろしいでしょうか?」

「何だよ。」

「失礼します。」

ジェニファーはドアを開いて入ってくるがしばらくは下を見たまま立っていた。


「サファイアにご忠臣か、 もう言いつけたんだろ!」

「・・・いいえ、まだです。 報告の義務はありますが。」

ジェニファーはタカのベッドの前で正座する。


「出てけよ、 顔も見たくない。 今は一人になりたいんだ。」


「お怒りは当然だと思います。 許していただけるとは思っていません・・・でもこれだけは伝えたかったので。」


「何だよ、早く言えよ。」

「サファイアはお二人を騙したのではありません。 テラを使った爆破計画はなるべく直前までタカの心理的な負担を避けたかったのだと思います・・・それと。」

「それと何だよ。」タカはベッドで反対側を向く。


「私、タカ様の事・・・とても好きです。 だから嫌わないで下さい・・・タカ様から嫌われることが一番怖いです・・・とても。 私の端末は構造的に泣くことが出来ません・・・でも髪飾り頂いた時はとても嬉しかったです。 船として持ち主に愛されてきた事、命をかけて助けていただいた事も幸せに思っています・・・信じていただけなくてもいいです。・・・では・・・おやすみなさい。」

ジェニファーは深く頭を下げ、居住室から出て行った。


<サファイアへ。 舞から高速通信が入り、タカがテラの機密を知ってシュビアコマンドの件を問い詰められました。 仕方なく全て答えました。 ミッションルールを守れなくて申し訳ありません。


タカの興奮状態が強かったので阻止出来ませんでした。 今は静かに寝ていますが事情は理解はした模様です。 ミッションに影響しなければ良いのですが。
舞を早くそちらに再配置してください。 タカはサファイアが舞を遠ざけていると誤解する恐れがあります。 とりあえず状況報告まで。 グレネー2793ジェニファーより>


<ジェニファー、大変でしたね。 重要な内容ではなかったので最初から隠さないで説明しておけばよかったと今は思います。 説明するタイミングを失ったのでこうなりましたが、早くあなたとタカとの信頼関係が復活するように祈ります。

舞と連絡して早くこちらに戻る様に説得します。 カナルが舞と行動しているので少し厄介ですが害は無いでしょう。 多分自分のアジトから通信させたと思いますが今の状態では舞を厳しく問える立場に無いのでこの件は放置します。 それよりタカの士気が落ちないように配慮しなさい。 また連絡します サファイアより>



サファイアは司令室でガウストと連絡を取っていた。

<サファイア、君の調査目標の確認は難しい。 それにもし君が心配するようにこのミッションが予め妨害を込めて計画されていたら我々は依頼された受注を達成できない事になる。>

<もしテラがシュビアコマンドを受け付けない場合、ミッションは失敗に終わる事になります。 軍内部でテラを一時保管したグループを調べたいのです。>

<ガゼルに依頼したら早いかと考えるが。>

<彼の調査権限には限界が有ります。 この件は軍上級幹部クラスの高度な陰謀が込められている可能性が高いのです。>

<古い知り合いに軍内部調査に詳しいチームがいるから調べさせてみよう。 でも調べたところでテラは遠くにいる。 改造や修理は難しいのではないだろうか?>

<最悪は私から直接雷管に発火指示を出します。 点火タイミングが難しいので危険も伴いますが。>

<それも不可能だったらどうするつもりか? 最終手段としてミスター・タカとジェニファーに直接テラを発火させるしか方法はないと考えるが。 その場合二人は揃って戻れないぞ。>

<ミッション達成のために最悪はそういう選択肢も出てくるでしょう。>

<調査結果は12R1デラス以上かかる。 多分小惑星追跡が始まった頃だが間に合うか?・・・報告が入ったらまた連絡を入れる。>

<間に合うように今は祈るしか有りません。 それではよろしくお願いいたします。>



<サード、 舞に戻る様に指示しなさい。>


<舞が通信カードをここに置いていったので現在の居場所が判りません。 自宅に連絡しましたがこちらに出勤している事になっているそうです。>

<カナルがどこかに連れ出しているのでしょう、ちょっと困ったユニットです。>


<一緒のカナルに大至急連絡を入れてみます。>


<おい、カナル。 居場所を連絡しろ。>

<サード君か。 今は九州、鹿児島だよ。 舞様と一緒に旅行中。 いいねえ・・・若い女の子と温泉めぐりって。 明日は混浴で舞様と。>

<バカなことを言っていないで早く戻れ。 サファイアからセンターへ戻るように指示が出ている。>


<へえ? もう勘当が解けたのですかね。 でも最初に舞様を追い出したのはサファイアの方ですよ・・・まあ昼過ぎにでも舞に伝えますよ。>

<今すぐ伝えろ! 居場所を告げれば高速船で迎えに行く。>


<休みなしに何年も働かせたんです、 見事な労働基準法違反ですね。 傷心旅行でも男が着かないようにガードしていましてね。 私は今、彼女のナイトでしてね・・・羨ましいでしょう!>

<この減らず口め、 朝になったら絶対連絡しろ。 そうしないと誘拐として警察に届けるからな。>


<だから舞様が目覚めたら帰るように伝えますよ・・・切りますよ。 まだ舞様はお休み中なのですから、大体今何時だと思ってるんですか? まだ4時前ですよ。>


日本時間05:23ジェニファーは早めにタカの朝食を作っている。 彼女にとって彼の怒りが治まったのかへの不安は消えなかった。 うつむき加減で居住室への階段を登る。


「タカ様、 おはようございます。 起きていますか? 起床時間です・・・朝ごはん、支度出来ました・・・良かったら召し上がってください。」

ジェニファーはドアを数回ノックしたが返事は聞こえなかった。 しばらくして戻ろうとするとタカがカーゴルームから歩いて来る。

「おはようジェニファー・・・昨夜はごめんな。 俺は人間が出来ていないからつい怒鳴っちまったし。」

タカはタオルで額の汗を拭きながら階段の下から顔を上げた。


「おはよう御座います・・・ご飯出来てます。 よかったら・・・。」

「うん、食べる。 太ったから運動してたんだ・・・さっきから腹減っちゃってさ。」

「・・・今朝は和食ですが・・・おかずが少なかったら卵焼きも作ります。」

「うん、卵焼き好きだな。 作ってよ。」


「あの・・・昨夜のことは申し訳ありません・・・でした。」

彼女は新しいタオルを差し出して目を伏せた。

「だからさあ、 俺も謝っているじゃないか。 いつもの明るいジェニファーに戻ってくれよ。 そんな言葉は使いお前に合ってないぞ。 特に”様”つけはやめろよ。 カナルみたいで気持ち悪いぞ。」

「タカ・・・はい・・・うん。 もう怒ってない?」

「ああ、忘れた。 少しショックだったけど、もう気にしない。 手の怪我も治ったし。」


「ごめん・・・テラのこと・・・本当に許してくれるの?」

「ほら元気出せよ、お前が暗いと俺も立ち直れない。」 タカはジェニファーをきつく抱きしめる。

「昨夜は怒ってすまなかった。 そしてこれを約束して欲しいんだ!」

「はい・・・うん。 約束ってなあに?」

「もう俺に隠し事するな。 サファイアはお前の上司だけど俺はお前のオーナーだ。 何か困ったら先に俺に相談しろ。 俺は頭が悪いから、いい答えは出せないかもしれないけど・・・
もう勝手に悩んだり隠したりするな。 お互いに悩んだらサファイアに聞こう!・・・判ったな!」

タカはジェニファーの両肩を持ってキスをした。


「ちょっとタカ!・・・舞に言いつけちゃうよ。」 ジェニファーはタカを押し戻すが少し笑っていた。

「タカ、私の事・・・嫌い?」

「バカ言え、大好きだよ。 だから機嫌直せって。」

「ホントに? 嘘言ってないよね!」

「おーし! いつものジェニファーに戻ったな。 味噌汁冷めちゃうし・・・いただきます!」

タカはタオルを首にかけキッチンへ走って行った。「サファイアに伝えとけ、俺の機嫌が治ったって!」


「うん、判った。」 ジェニファーはフライパンを持ってタカを追う。

「卵は2個で足りるよね?」


「4個にしろ、まだストックあるだろ?」

「まだ312個あるけど・・・太っても知らないよ。」

「バーカ、地球に戻るときはミッションの苦労で痩せてるさ。」

タカは朝食を食べながら言った。

「多分・・・だけどな。」