数ある記事の中からこれを読んでいただいた方、本当にありがとうございます。
はじめまして、初投稿となるguruguruと申します。
何かをしなければ腐ってゆくそんな風に感じた今日の頃。
では何かをすれば良いと思い立ちブログを始めた次第です。
そんなわたくし、文章を書くことが大嫌いでした。なにが嫌いって面倒臭いんですよね。面倒な事はなんもかんも嫌いでした。特に作文の宿題なんて何書いて良いか分かんないし、「如何に作文が嫌いか」を題材に作文を書いた程度には文字も文も嫌いでした。
しかし勝手ですが、同時に幼い頃から筆が乗るというヤツを経験したのも確かでして、道半ば程度になると気持ち良いんですよね。
そして終盤にも差し掛かると「足りねぇ!」と本当に身勝手で不思議な気分になるんですよ。
そして書き終わる事が寂しいと同時に「あぁ終われるんだ」という解放感もある。
てんで見当違いかも知れませんが、もしかしたらマラソンやらが好きな方ってこんな感覚なのかもしれません。
そんなわたくし、昔は不思議と読書は大好きでなんの苦もなかったんですが、歳を重ねるうち億劫になってしまっていました。
「腐る」と危機感を覚えたのもこれが一つの理由な訳です。
まぁ書くのと違い受け身は楽だったって事なんでしょうね。
私が空想好きになるのに時間は掛かりませんでした。
そんな中で例えば漫画を読む時、「この作者はなんでこんな展開にしたんだよ」とか「自分で書いた事忘れたのか!?」等とナマイキに憤慨した事があります。
確実に書き手と読み手には"温度差"があるなと。
しかしながらとうとう趣味が高じて自ら創作に入った時、なんとなくその気持ちが分かったんですよね。これまた見当違いかも知れませんが。
本当に何となくですが、「自分の生み出したものは雑に扱っても良い」的な邪心が少なからず芽生えたんです。
いえ、雑にと言うのは少し正確ではないかもしれませんが、読んでる時程熱心になれないと言うか、面倒い通り越してしんどい感情が芽生えるんだと思います。
読むのは楽でも出力はエネルギーを削られる、本当に苦しい。
こんなにしんどいんだから少し位……
ダメですよね。勿論そんなのはダメ。
分かっています。でもそれは多少なり味わった事のあるソレであった筈。
なのにその立場になってみないと分からなかった。
そんな事柄にこれからも直面してゆくのかも。
無駄に読んだ冊数を生かしてもっと人の苦しみが分かる様に想像力を培う必要がありそうです。
そんな風に酸いも甘いもまだまだ舐め足りぬ若輩ですが、いつかWebライターになりたいと考えております。
どんなに面倒でも苦しくてもやはり私と文には切っても切り離せない物がある、そう感じました。
現在の職は大変で副業も不可の為、少し稼いで辞めてからとなると思います。
取り敢えずそれが当面の目標です。
温度差を覆す熱量の心血を注ぎたい。
相手の低い温度にも寛容になりたい。
頑張ります。
そして頑張る全ての方々へ、ありがとうとエールを。
メリークリスマス
よいお年を