あやちゃん1年生。
ぐりさんの教室に通ってくださるようになって、もうすぐ1年半です。
いつもニコニコして、たくさん面白い話を聞かせてくれます。


 

ちょうど1年前の今頃のことでした。
幼稚園の芋ほり遠足のサツマイモで、お母さんが作ってくれた大学芋を食べて来た日に、

「すっごく美味しくってね、あや、じゅうひゃっこも食べてきたー!!ママの大学芋大好き!!」

と、コーフン気味に話す顔と、
『じゅうひゃっこ』という表現がなんとも愛らしく、
ぐりさんの心を和ませてくれたことがありました。

テキストの挿絵を見て、空想することも大好きです。

 

「この箱の中にはねぇー、
100階建てのマンションが入ってんだよぉー、
あ、もっと高くて宇宙くらい・・・
うーん、やっぱり天国まで!!」

ほぉー、そりゃすごい!!
なんて相槌で、あやちゃんの頭の中に思い描いている情景が勝手に動きはじめ、
空想の世界がとんでもなく大きくなって、

どんどんハチャメチャに盛り上がっていきます(笑)

まるでセッションでもしているような感覚です。

そして仕舞いには、ただ声を出しているだけで、おもしろくてしょうがなくなって
笑い転げてハァハァ言って、ピアノを弾く前に疲れてしまいます。コラコラ(笑)

 

一緒に笑う。
笑った数だけ心の距離も近くなる。
近くなると、もっとお互いを知って楽しくなるかな。
ぐりさんは、そう思っています。


最近、あやちゃんとこんな素敵なエピソードがありました。

「今日ね、音読の本もってきた!読んであげるね♪」
とドアを開けるなりそう言って、レッスンバッグから本を出し、
チョコンと椅子にこしかけてパラパラとページをめくり始めました。

「おひさんあめさん、いくよ!」
あ、あやちゃんが好きなやつだね
「そう!あや、これ大好き。いい?じゃ、いくよ!」

金子みすヾの『おひさんあめさん』
音読の宿題で何度も読んでいるのか、
以前のレッスンの合間に暗唱を聞かせてくれたことがありました。
でも、そのときは途中から忘れちゃってて、

もしかすると ちょっぴりくやしかったのかもしれません・・。

ぐりさんが、すぐそばの床に座って頬杖をつき、

目を閉じてふんふんと聞いていると、
「次、これ読んであげるね!」
谷川俊太郎の『いるか』
これも、あやちゃんが大好きな詩です。

「これはねぇ、ねむたくなるよ!ふふふ」
『こもりうた』という詩。

ぐぅぐぅ、、、(*゚0゚)ハッ!

 ほんとやん、気持ちよくて先生ねとった!!ごめんごめん(汗)

ぐふふふ(/∇\*)  

 

本で顔を隠して嬉しそうです。


「じゃぁ次はねぇー、これもおもしろいよ!

あ、そうだ!これもおもしろかったよ!!」

スイッチが入ってしまったようです。

「あや、最初から全部読もーっと」

 

と、ひとりごとのようにつぶやいてから、
おそらくその日に初めて目にした詩たちなのでしょう、
たどたどしくも一心に音読し続けること30分。

あまりにも集中して読んでいるので、
ぐりさんも途中で声をかけることができませんでした。

せっかく夢中になっているところを中断してしまうのは、忍びなかったのですが、
そっとピアノで和音を鳴らすと、
「あ!!」って、急いでテキストを出して心配そうな顔で駆け寄ってきました。

が、時すでに・・・。

 

「読んであげるね」「読もーっと」に切り替わった瞬間から、
ぐりさんがいることも、自分が教室にきていることも、ピアノのことも、
なにもかも忘れて音読に没頭している

そんな姿に強く心を打たれ、
ぐりさんは、その後も何日か心地よい余韻に浸っておりました。

 

レッスンの日に音読集をもっていくことをお母さんはご存知のようでした。
 

先生に音読にお付き合いくださりありがとうございます。

詩集を持っていくと張り切っていましたから、
先生に耳を傾けてもらって嬉しかったのでしょう。

ありがとうございました。

 

レッスンをしなかったお詫びのご報告をすると、

お母さんより有難い返信をいただきました。

 

本をレッスンバッグに入れることを止めずに見守ってくださり、
ピアノを弾かずにレッスンが終わったことも
寧ろ喜んでくださるお母さんにとても感謝するとともに
あやちゃんの豊かな発想力と感受性、臆さずにものを言える素直さと大胆さは
日々、親御さんが整える素晴らしい環境によって
よりたくましく育まれているのだなと感じさせられました。


自分があるがままで愛されることを知っており、
また、あるがままの自分のこも愛している。

赤毛のアンみたいな女の子。
ぐりさんはすっかり魅了されています。

あやちゃん、ぐりさんはいつも応援しています♪

ありがとう。

 

  福岡ぐりむ療育とピアノと学習の教室です。別ブログやXの過去記事にコメントを加筆して書いていっています。

 

2013年の記事です。

 

読み返しながら、なんとも心地よい気分です。

たくさんのご理解の深いご家庭に恵まれて、なんとも幸せなことかと。

 

女の子は特性に気づかれにくいことも多いですね。

 

自分発信であったり、縛りのない取り組みならば

そこまで感じさせないことも、

共通のテーマを持って一緒に活動してみると、

極端な不器用さや記憶の弱さ、

1つのことのみに意識が向きすぎるなど、

おっとこれは気づきということはあります。

 

家族間で気がつくことは、なかなか難しいかもしれません。

 

素晴らしい才能や技術との引き換えに

大きく失くしてしまった部分であれば、

折り合いをつけられることもあるかもしれませんが、

そうでない場合のことの方がほとんどだと思いますので、

やはり『人柄』というのは特性を抱えながら生きていくうえでも

本当に大切だなと感じています。

 

やはり環境の影響は大きいですね。