サイキックNO.9のブログ

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ある人の物語




彼は医者を目指していた。


彼は中学では成績が優秀な部類であった。


だから、彼は県で一番の進学校へと進学した。


しかし、彼は自分よりも成績の優秀な人の多さに圧倒された。


そのなかで、彼は中学時代に築いてきた自信がどんどん崩壊していく


自分に対してやるせない怒りが生じ始めていた。




ある日、彼は知人から「思いの魔術」という本を譲り受けた。


そこに書いてあったのは、自分が思い描く事が現実となってくるといった


ものであった。





それに、彼は救いを見いだした。





もともと、努力家であった彼は


死に物狂いで思いについての勉強に没頭していく。


やがて、その辛い努力は実を結ぶこととなる。





しかし、それがのちに彼の新たなる挫折の種になるとは思いもしなかった。






彼は誰にでも幸せになる事ができる方法を編みだしたと


言って、最初はいろんな人に話をしていただけだった。


本当に最初の頃の彼は、純粋に自分と同じような辛い思いをしてきた


人を楽にしてあげたかっただけだった。


やがて、その方法を実践してきて人生がよくなってきたという人が


増えるにつれ、その人たちは彼にさまざまなプレゼントをするようになってくる。





もともと、高校生の時に自信を喪失していた彼にとっては


それはとてつもない快感だった。


人々は自分を必要としてくれているという安心感を味わえた。




しかし、彼のような辛くっても勉強をがむしゃらに続けろという


スパルタな方針についていけなくなる人々もまた同じように出てきた。








それからが彼の悲劇の始まりであった...









彼自身は気がついてはいないが、自分の元から去っていった人々を


新たなる勉強の報告と称して、蔑むようになっていくようになっていく。


彼はもともと弁は立つ方であったので、自分の意見を人々に納得させてしまう事は


得意であった。


また、それが更なる悲劇を招く要素となっていく。






その悲劇とは、自分の問題点を諭してくれる人々を彼自身から追い払うという


ことであった。


やがて、彼の周りには彼の意見に盲信する人しか残らなくなってきた。






その二つの要素が引き起こした悲劇とは、彼は世界の救世主という幻想


とりつかれて、彼を盲信させた人を地獄へと道連れにしてしまった。









と、ここまでの話を聞いただけならば、なんて酷い奴なんだと思うであろう。







果たして、本当にそうだと言えるのか?





私は疑問に思う。





なぜならば、人間は誰しも自分は他の人々から必要とされたいと


願う生き物だからだ。



彼はただ人々から必要とされていると実感したかっただけだった。


しかし、彼のやり方についていけなくなる人々の姿を見てきて


彼は自分自身を否定されたと感じてしまった。


それがそもそもの悲劇だ。





この自己否定が彼の見る世界を曇らせることとなり、


やがて、彼は自分以外の意見を言う人間を敵と認識するようになる。






すると、敵だと認識している人間に対して、人間は攻撃的になってくる。







それをあなたは他人事だなんて笑っていられるだろうか?








昨今の凶悪犯罪の増加とは関係の無い話ではない。









人は必要とされないことを大変嫌う生き物だ。





果たして、人々に無関心を装うのはいかがなのもだろうか...