いつかの夕暮れ時。
私の母は4年前にパーキンソン病を患った末に
寝たきりになり、食事を取ることもままならず
衰弱していき介護施設付きの病院で亡くなりました。
母が亡くなった時間がちょうど夕暮れ時で
夕暮れになると、思い出して寂しい気持ちになります。

血圧が下がって、瞳孔が反応しなくなっても
心臓は強くてしばらく動いていて
その時に、私も兄も大きな声で
『母さん、お母さん』って何回も呼び掛けていて
そんな時に父は1人冷静で
『もう、いい。呼ぶな。逝かせてやれや。
なみ(母の名前)はこれで楽になるんだから』
と、言っていて
私も兄もその言葉が合図だったように
黙ってしまい、母はその後すぐに心臓が止まって死亡確認を医師に伝えられました。
悲しくて泣いていると父は
『なみはずっと辛かったんだと思う。だからいまから天国にいって楽になって楽しく暮らすんだ』
パーキンソン病の性質状、身体の自由がだんだんときかなくなるのは
本当に辛いことだったと思う。
寝たきりになり、食べることが大好きだったのに
食べる楽しみも奪われてしまった…

確かに辛かったと思う。

私は後見人だったけど、母の治療や介護方針は
母が意思を伝えられなくなってからは
父が決断してきて
鼻から流動食を入れることも、私はかなり迷っていて決断出来なかったけど
父の1日でも長く生きていて欲しいという意見で
決断した経緯があって、父は流動食を入れてから
コレで良かったのかとずっと悩んでいたらしかった。
だから、それ故に楽にしてやって欲しいの言葉に繋がったのかもしれない。

お母さん、お父さんのコト見守っててよね。