「遊び」という名のいじめ



「遊び」
子どもが、こう言って自分の行為を「はぐらかす」こと
学校の教師をしているとよくあります
このような場合、あなたならどう答えますか?
「相手が悲しんでいる」
「相手の思いはどうであれダメ」
その時、こう思います
「こんなことを許しておいたら、学級の雰囲気が壊れ
このような遊びがまかり通る学級になってしまう」
一学期はまだまだ心配です
二学期になると、学級も落ち着いてきて
安定感が生まれてくるのですが
それまでは心配なのです
「いじめ」は、社会問題になるほど
大きな問題です
子どもの命に関わるニュースがありますよね
何よりも心を痛めます
どうしてそんなことになってしまったのか、、、
悲惨なニュースを前にして、動けなくなってしまう
いじめは親にとって、一番気になることと言っても過言ではない
かわいい我が子が悲しむ、そんなことって耐えられない
こう思うのは当然です
まして、学校でどんなことが起きているのか
見ることができないので、さらに心配が募る
でも、学校は子どものトラブルの尽きないところでもあります
毎日のようにいろんなことがおきます
多様な性質の子どもたちが
同じ教室で生活しているのですから当然です
それを
「しかたがないこと」
「困ったこと」
としてしまうと、いけないのです
トラブルをどのように解決をしていくのか
そのなかで子どもが成長していかなければ
学校ではないでしょう?
「遊びで」という逃げ口上に
なぜいけないかということを話せる教師でなければならない
難しい事を言えば
それは、「人権に関わること」です
「人で遊んではいけない」のです
そして、いじめは「不登校」の原因になります
子どもが学校に行くのを渋ると
「どうしたの?」
「学校で何かあったの?」
「いじめられていない?」
「〇〇君に何かされたの?」
このような質問が、、、子どもに
確かに何かあったかも知れません
でも、少し待ってください
「分からない」
からです
あなたは、親が慌ててことを荒げてしまったら
子どもも引っ込みがつかない
そこで、冷静に子どもの様子によって対応を考えます
深刻そうか、そうでないか
心配か、そこまでのこともないか
表情も見てください
やさしく声をかけながら
あなたは、問い詰めるあなたではなく
笑顔のあなたで
難しいでしょうけど、そうしてください
ところで、子どものよく言う
「遊びで」
これは、「いじめである」と判断してもいいでしょう
他人をおもちゃにしてはいけません
人で「遊ぶ」ものではありません
そうでしょう?
そうなんです
そんな遊びは存在しない
「遊びで」
子どもが、こう言ったときは
大人は毅然として、いけないことであることを
話しましょう
許してはいけないことです
大人として、真剣な顔で、なぜいけないのか
説きましょう
そして、子どもの顔が変わったら、、、
もう役割は終わりです
子どもは、子どもたちの輪の中に帰って行きます
見まもっていきたいですよね