前項までで記してきたことをまとめておく

●口腔保健法の制定により、施設や病院には入居者、入院患者に対する口腔管理を実施するコンプライアンスが生じた事

●口腔管理(オーラルマネジメント)の実施にはリスクマネジメントの考え方が必要不可欠である事

●限られたマンパワー、金銭的資源を有効活用するために、病院や施設では、口腔のトラブルが生じやすいハイリスク者をまずふるい分ける必要がある事

●ハイリスク者のふるい分けにおいては、口腔ケアに関連した自立度から選別する事が比較的容易であり、BDR指標などが有用である事

ここからは、ふるい分けられたハイリスク者に対してアセスメントを実施し、歯と口腔のリスクを洗い出し、リスクの見積りを行う事となる。その見積もりに対して改善策となる口腔ケアプランを考案し、プランに基づき口腔ケアを実施し、定期的なモニタリングを行う事となる。定期的に再アセスメントを実施し、考案したケアプランの妥当性を確認し、必要があれば修正する。この繰り返しがオーラルマネジメントにおけるPDCAサイクルの構築となる。

オーラルマネジメントの流れについてまとめておく

アセスメントに用いる判断枠組にはは様々なものが存在する。全国国民健康保険診療施設協議会の作成した基準、EilerらによるOAGOral Assesment Guide1988)やOAGに改訂を加えたAnderssonROAGRevised Oral Assessment Guide2002)、Chalmersが考案したOHATが存在し、本邦でも看護分野などで広く利用されている。どのような判断枠組みを用いるかは施設、病院の実情によるが、近年はOHATの使用が増えているように感じる。ROAGと比べ、義歯や歯のトラブルを評価しやすい事がメリットと思われる。いずれにしても、地域包括ケアシステムの構築、多職種連携を考慮すると、オリジナルにこだわるのではなく、全国的に広く用いられている判断枠組みを用いる事が重要である。こうした判断枠組みが地域包括ケアシステムを構成する地域内で共通して用いられることは、情報伝達をスムーズにし、歯科口腔の問題管理を地域共通、職種の垣根が無い目線で行う事を可能にするための第一歩となる。既成のもの、全国的に幅広く用いられているものを採用すべきである。言語が統一されていなければ、コミュニケーションを図るのはより困難となるからである。  

オーラルマネジメントに取り組むための体制を整える事の重要性について記してきた。トップダウンでオーラルマネジメントを実施する体制が整い、担当責任者および担当チームが編成され、必要に応じて助言・提言を行う歯科専門職との協力体制を整えるまでを前項で説明した。

 続いて行うのは、リスクマネジメントの考え方における危険性・有害性の同定(特定)である。この段階では、入院時や施設入居時などにおいて、歯科に関するニーズの高い、ハイリスク対象者を選別する。

マンパワーなど限られた資源を最も有効に活用するためには、口腔ケアの必要性の高いハイリスク者をふるい分ける事が重要である。基本的にこうしたハイリスク者は、口腔ケアの難易度が高い事例である事が多い。口腔ケアの難易度は、具体的には3つの要因が関わるとされている。

①.協力度

対象者だけでなく家族や医療・介護スタッフの協力度も含む)

②.ケア実施に関連した安全性

  対象者の全身状態(出血傾向、易感染性など既往疾患との関係)

  対象者の局所要因(体位の保持困難など)

③. 口腔の状態

 開口維持困難易出血性、口腔乾燥、歯原性疼痛、嘔吐反射過大 気管内挿管、経管栄養による絶食、口腔機能の廃用性萎縮、

う蝕、歯周病、口腔粘膜疾患など

 

ハイリスク=口腔ケアの難易度の高いケースでで最も多いのは、口腔清掃の自立度が低いケースである。BDR指標等、口腔清掃の自立度を簡便に評価する指標などをハイリスク対象者の選別に用いるのが、ふるい分け方法としては簡単である。こうした口腔ケアハイリスク者をふるい分ける事が、リスクマネジメントにおける危険性・有害性の同定に相当する。口腔保健法の制定により、こうした口腔ケアハイリスクケースを同定し、適切な対応を取るように努める事は、施設責任者・病院管理者などの責務である。歯科的なリスク放置によるトラブル(アクシデント)として、口腔ケア不良・口腔乾燥の重篤化から生じた摂食嚥下障害悪化による食事時の窒息や、義歯のトラブルから生じる義歯の誤飲・誤嚥、紛失などが挙げられる。また、誤嚥性肺炎の再発や経口摂取困難による食事量減少など、2次的な影響は数多く挙げられる。

BDR指標を用いた場合、まずは、口腔清掃・義歯管理・うがいのいずれかで全介助に該当する場合は口腔ケアハイリスク者と判定する。まずは、この対象者に対してさらに詳細な口腔ケアに関するアセスメントを実施する。それについては、事項で説明する

 前回までに述べてきた事を整理したい。口腔保健法が成立し、地方公共団体では口腔保健に関する条例が制定されている。場を問わず、これらの法令を遵守し、歯科口腔保健管理を行っていく社会的責務が生じたと言える。歯と口腔の問題は、生命予後や治療の成否、人間らしい生活の質に関わるリスクである。病院や介護施設、老人ホームなど、要介護高齢者が多く集まる地域包括ケアシステムにおいて重要な役割を果たす場においては歯と口の健康維持管理にリスクマネジメントの考え方を応用する必要性がある。リスクマネジメントの考え方を応用した歯と口腔の健康管理を、我々はオーラルマネジメントと呼んでいる。

 地域包括ケアシステムの中心となるのは、患者とそのかかりつけ医である。法的基盤が整備された現在、我々かかりつけ歯科医院には、プロフェッションとして、オーラルマネジメントを進める責務がある。我々かかりつけ歯科医師に課せられた責務を私は以下のように考えている。

1.口腔保健法や各種条例が施行された現在、主として病院や介護施設には、入院患者や施設入居者などに対し、オーラルマネジメントに取り組むコンプライアンスがある事を周知させ、コンプライアンス遂行のためのシステムを整備する必要がある事。

2.歯と口腔の問題が、治療の成否や生命予後、QOLに関わるリスクであり、歯科専門職に限らず全ての医療従事者が、リスク低減のため、オーラルマネジメントに組織一丸となって取り組む必要がある事。

3.歯科専門職は、オーラルマネジメントをシームレスに機能させるための助言・提言を行い、標準的なマネジメントシステムの構築を目指す事。

 前回は、オーラルマネジメントシステムが院長や施設長などのトップダウンで進められる必要性について述べた。その次に、責任者は、オーラルマネジメントに取り組む意思を表明し、所属する施設に周知徹底させる必要がある。次に、担当の責任者を任命し、担当するチームを編成する必要がある。オーラルマネジメント単独でのチーム編成が困難であれば、NSTや感染対策委員会などの既存のチームに併設する形を取るのも現実的な対応である。メンバーは歯科専門職に限るのではなく、必ず施設の多職種が参加するものでなければならない。担当者には口腔ケアなどに関する講習会などを受講させ、それを施設に持ち帰り、施設内でさらに研修会などを実施し、知識や技術の普及を務めることも重要である。

 また、施設内に歯科専門職が存在しない場合は、地域歯科医師会などへの協力を依頼し、助言・提言を行う事の出来る歯科医師にオブザーバーを依頼する事も必要である。地域包括ケアシステム実現の観点から、こうした助言・提言に協力する歯科医師などは、地元歯科医師会や地方公共団体との協力が可能な人材を選定する必要がある。近年は訪問診療専門を謳って、営利目的の団体が強引な営業活動を行っている場合もある。全国各地で苦情が多発しているとの報告もあり、注意が必要である。地域のかかりつけ歯科医として機能している歯科医院と協力することが、地域包括ケアシステムを実現する意味からも重要と考える。