6月から7週間の夏休み!娘と二人で帰国した。
戦々恐々の気分だったフライトも、
横に座った5人家族の方々、特に3人のお子さまのお母さまに助けていただき、何とか乗り切った。
バンクーバー空港での待ち時間には、娘を遊ばせるために連れて行ったキッズコーナーで知り合った女性と話し込んで、ついつい娘を見失うという失態をおかしてしまったが、運良くインド系のご夫妻が娘と遊んでくださっており、胸をなでおろした。
すまぬ、娘よ。誘拐されなくて本当に良かった。。
帰国後、実家に帰省するまでは東京の友人たちと会いまくる計画だったが、第二子妊娠中で出血が見られるようになり、医師からの自宅安静の命令により断念。
3月に断乳し、いよいよ本格的にワイン復帰!と
意気込んでいたが、1カ月半後に妊娠し、嬉しくも辛いワインなし生活へ突入したのだった。
一人で娘を見ながら安静にするのは無理と気づき、速攻実家に助けを求め帰省したのは2週間前。
孫第二弾のニュースに喜ぶ両親には、残念ながら会った一週間後には、流産という哀しい結果を伝えねばならぬことになり、ワインを飲める体になることへの喜びは自分でも驚くほど湧いてこなかった。
高齢であることも流産の確率を上げるので、分かってはいたけど、自分が経験して初めてどういうことなのか分かった気がする。
といっても、私は初期の流産だったし一人子どもがいるから、まだ傷も浅いのだろうな。。安定期に入ってからの流産や、初めて授かった子の流産はとても想像しがたい辛さだろう。
幸い両親が近くにいるから、泣くこともできず笑って次があるからと明るく振舞っている。
けれど、夜に一人になると、自分の行動を反省したり、エコーで子どもが見えなかった日のことが思い出されて、涙が出てくる。
こんな素晴らしい世界に連れて来られなくてごめんねと、空を見上げて謝る。
昔から世界中で流産を経験した女性がいて、珍しいことでもないし、不妊治療11年後に授かった子が7カ月で亡くなった友人の話を聞いて、辛くて泣いたこともあったけど、自分で経験しないと分からないんだなと、思ったりする。
心を隙間風が通り過ぎ、ネットから離れていたけど、食欲が旺盛になり、心配する友人には大丈夫だと気の強い返事を無理に書いてみたりしていたら、案外単純な性格なのか、大丈夫になってきた。
アラフォー、まだまだがんばるぞ!
そして例え授からなくても、今の自分の家族を大切にするぞ!
将来、日本の友人の子をしばらくカナダで預かるという計画も立てており、そうなったら広い意味での家族も増える。そんな「家族」もいいかも。
↓鹿児島のがんこ庵にて、本物のお蕎麦をいただいた。これ3セットはいけそうなくらい、サッパリで美味しかった。すりおろすワサビのまろやかなこと!天ぷらもサクサク、お蕎麦もツルツル。やっぱり日本はいいなぁ。