仕事には「マニュアル」が必要不可欠だ。

マニュアルがあることによって、この人にしか分からない、なんてことが防げる。新しい人がきても、大体の流れの把握をすることができる。マニュアルを完璧に理解して仕事をすることができるのであれば、前任者からの引継ぎなんてものは必要がないくらいに。とても強力なアイテムなのである。

 

しかし、一方で、

個々人の「読解力」に注目してみてみよう。

 

読解力がある人、ない人。語彙力がどれだけあるかどうかでもその資料を読み解けるかどうかが変わるものだ。

 

いくらやる気のある人が入ったとしても、完全にマニュアルが理解されることはない。

 

マニュアルは、簡単な手順書であって、イレギュラーなケースも全てカバーできるほど万全なものではないのだ。そんなことが可能なのであれば、マニュアルによって人の仕事はもっと奪われるであろう。

 

さて、マニュアルは仕事や作業において強力な指南書と成り得るが、

これと同じような役割を持つ「書かれたもの」が他にも存在しないだろうか??

 

 

私は一つの答えを提示しよう。

 

「情報商材」といった類のものだ。

 

昨今、情報商材と聞くと、あまりいい印象を持たれないことが多いだろう。

情報商材=詐欺商材と言われるように、

売った人が一番得をする、一種の宗教っぽさを帯びているからである。

 

情報商材の書き出しは、いつも「こんな僕でも人生逆転できる魔法の知識」を得られるかのような始まり。

いわゆる、勇者が魔王を倒すまで成長する村人のようなものだ。

「ただの村人だけど、勇者になって魔王を倒せるかも」と思ってもらえないと、情報商材は売れない。

いかに錯覚させるか、夢を見せるか。

そんな小手先のテクニックを、表現を変えて書き続ける猛者もいる。

 

商業出版されている本でさえ、情報商材っぽい性格を持つものは現代では少なくない。

 

しかし、こういった情報商材は必要とされているのだ。

 

それは何故だろうか?

1つの核心に触れられるような答えはないけれど、

思いうかぶのは「情報商材がマニュアル」であるからだ。

 

自己啓発系を除くのならば、何かのツールの使い方、登録手順。

取り扱い説明書は読みにくい書き物であるから、それを理解してかみ砕いて説明してくれるものであるならば、それも良いことなのだろうと思う。いうなれば、マニュアルなのだ。

 

誰しもが1から検証して、試して、自分なりの使い方を開拓できる人ばかりではない。

そういった人たちに「先生として」教えるという観点で見れば、情報商材も悪い部分だけではないのかもしれない。

 

…まあ、過剰な煽り文句、売り文句で「誰でも」勇者になれるかのように書く商材には要注意なのは確かだ。

 

情報商材は、マニュアルなのである。

 

 

<情報商材の理解を深めるために>