$'70sチルドレン

映画『BECK』

CDから'70年代を探る目的だったが
次々と面白いものが出てくるので
とりあえず枠を外してみる

先日テレビで映画「BECK」を観てすっかりハマってしまった。


'70sチルドレン


 『ANYWHERE』 フラワー・トラベリン・バンド


 1970年


 日本のロック・シーンにおいて

 フラワー・トラベリン・バンドの存在が

 どれほど重要であったか

 あらためて考えてみる


 さきほどTVのワイド・ショーで

 ジョー山中氏の告別式の様子が放送されていたが

 集まる人たちの顔ぶれを見ているだけで

 ジョー氏の存在がどういうものだったかが

 わかる気がするのだ


 バンドのインフォメーションはウィキを見るとして

 気になるのは、どうしてこの時代にこういう音楽が生まれたのか

 ということ


 '70年の日本の音楽シーンは、フォークが圧倒的に人気を得ていて

 第2回中津川フォークジャンボリーのCDを見てみても

 収録されているのはフォーク系の人たちがほとんどで

 ロックからはかろうじて「はっぴいえんど」が滑り込むという

 日本のロックはまだ産声をあげたばかりのような年だった

 

 '70年にデビューした「フラワー・トラベリン・バンド」は

 ルーツにGS(グループ・サウンズ)の流れを持っていて

 同じ年にデビューしたはっぴいえんどや頭脳警察とは

 違ったテイストを持ったバンドだった

 

 このあたり、日本のロックの始まりをどこに見るかという話にもなるのだが

 長くなるのでそれはまたの機会に


 デビュー当時のことは4枚目となるラスト・アルバム「メイク・アップ」の復刻版と

 「ニュー・ロックの夜明け WEA編」のライナーに書かれていて興味深い


 それによると、'67年から活動していた「内田裕也とフラワーズ」に

 元ビーバーズの石間秀樹(g)と、元491のジョー山中(vo)が参加したのが'69年11月

 翌'70年2月にメンバーの麻生レミと小林勝彦が渡米のため脱退したため

 ジョー、石間、和田ジョージ(ds)の3人に急遽、元タックスマンの上月ジュン(b)を加えて

 「フラワーズ」から「フラワー・トラベリン・バンド」へと変わっていった、という

 

 ”当初は、内田裕也も司会&タンバリン担当のメンバーとして共にステージに立っていたが

 やがてプロヂューサーとして影からバンドを支えていくことに専念していった” とある


 このあたり、このバンドと内田氏の関係が分かって面白い

 '73年に出た「メイク・アップ」には内田裕也が歌う

 「ブルー・スウェード・シューズ」が収められていて

 なんか嬉しい


 内田裕也といえば、「日劇ウェスタンカーニバル」の人、というイメージが強い

 手元に「イエスタデイ」という

 '60-'70年代の若者文化を特集した、毎日新聞社のムック本があって

 過去の「毎日グラフ」の写真で構成されているのだけれど

 ここに内田氏の姿を発見した

 

 「第23回日劇ウエスタン・カーニバル」の写真で

 ほりまさゆき氏とエレキ・ギターを弾いているステージの様子が写っている

 これが'64年


 いやー、ロックン・ロールしてるなあ


 今思うに、世のGSブームに向けて氏が送り込んだのが

 「ザ・タイガース」だったのではないか、と思えてくる

 「日劇ウエスタン・カーニバル」とGS

 このあたりもまた詳しく調べてみよう 

 

 このライナーではメンバーを”実力派GSの残党たち”と表現しているが

 確かにGSブームにはアイドル系バンドと本格派バンドがあったらしく

 (僕は子どもだったので、カップスもタイガースもカーナビーツもスパイダースも

  違いなどよくわからず全部好きだったが)

 ブームが去ったあとのGSミュージシャンたちのその後の活動で

 それぞれのバンドがどういう存在だったかが、ある程度わかってくる


 と、ここまで書いて書店へ行ってみたら

 今月号(10月号)の「レコード・コレクターズ」で

 ジョー・山中氏の追悼特集をやっていて

 FTBについて詳しく載っていた


 日本のロックの入口の時代

 アメリカ、フォーク、ロカビリー、GS、歌謡界・・・

 

 フラワー・トラベリン・バンドは 

 日本のポピュラー・ミュージックの重要なエポック・バンドだったことは間違いなく

 もしこのバンドがなかったら、と考えると、日本のミュージック・シーンも

 また違った展開になっていったのではないかと思う

 

 このバンドをきっかけに、ロックは「日本語」か「英語」か、という論争が起きて

 日本の若者たちは初めて「ビート」と「言葉」の関係について考えるようになる

 

 「ロック」とはなんぞや

 日本人はそこにどう絡んで何ができるのか

 

 「僕たちの音楽」を模索する時代の

 一番最初のバンドとして

 とても重要でカッコいいバンドでした


 つづく


'70sチルドレン

 


 『イージー・ライダー ~オリジナル・サウンドトラック』 


 1969年公開 (日本は'70年)

 多感なときに観てしまうと

 不幸な人生を送るハメになってしまうかもしれない映画


 冒頭

 ハーレーのガソリン・タンクに

 コカインの密輸で得た大金を詰め

 腕時計をはずして地面に投げ捨てる

 

 そして旅が始まる


 これだ!、これにヤラれてしまうのだ

 多感で単純な少年はここに”自由”を見

 以来、腕時計というものをはめることなく

 人生という長い旅を続けてしまうのだった


 キャプテン・アメリカは最後に農民に撃たれるのだけれど

 この散り方にはある種「破滅の美学」のようなものがあって 

 燃え上がるハーレーを空撮していく画の不思議な美しさは

 ヒッピー・カルチャーの敗北・終焉を感じさせて切ない


 実際、'69年はウッドストックを頂点に

 ブライアン・ジョーンズの変死を経て

 オルタモントの悲劇によって時代は変わっていった

 というふうに言われている 

 

 そして翌'70年にビートルズが解散し

 ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン '71年にはジム・モリスンらが

 身を削るようにして時代を疾走し、伝説になっていく


 これもイケナイ!

 「夭折」とか「早世」という世界に

 多感な少年は単純に憧れてしまうのだった


 この”破滅型ヒーロー”は、アメリカン・ニューシネマの特徴のひとつでもあって

 「俺たちに明日はない」(1967)、「明日に向かって撃て」(1969)

 「真夜中のカーボーイ」(1969)などは

 破滅型がカッコイイ!と思わせるに十分な映画だった


 日本には”無頼”というものが昔からあったが

 '70年代ニッポンのブライ派ヒーローは、

 新しい娯楽の王様、テレビにも現れた

 

 「木枯し紋次郎」(1972)、「風の中のあいつ」(1973)、

 「傷だらけの天使」(1974)、そして「あしたのジョー」

 常に”死”を感じさせる、今までとは違ったアウトロー・ヒーローが

 とにかくカッコよかった


 
'70sチルドレン


 

 さらに、この映画の大きな魅力に”バイク”がある

 ウィキによると使用バイクは1965年型のハーレー・ダビッドソンで

 1200cc、リアはリジットでサスペンションがなく

 ワイアットのバイクには前輪ブレーキがなかった、とある


 このバリバリにカスタマイズされた”チョッパー”というバイク

 日本では'68年~'73年にテレビ放送されていた

 「キイハンター」に登場したのが最初らしいが

 この映画で初めて見た、という人も多いのではないだろうか(私がそう)

 

 '69年は、ホンダが日本で最初のナナハン「CB750Four」を発売し

 カワサキから「500SSマッハⅢ」というモンスターバイクが登場 

 高度成長期、モータリゼーション時代の到来で

 日本も大型バイクの開発、生産に乗り出した、という年だった


 そこにチョッパー

 異様に長いフロント・フォークに大アップハンドル

 まるで馬に乗っているようだということで

 ”ホース・バック・ライディング”というスタイルが輸入された


 国産チョッパーは法律の壁でなかなか実現せず

 '78年になってやっと、フォークをちょっとだけ寝かせたアップハンドル車

 「XS650Special」がヤマハから登場した

 と記憶している


 以来、”アメリカン・バイク”という言葉は

 ハーレー型・ホースバックライディング・バイクの代名詞となった


 私がこの映画を初めて観たのは'73年だったと思う

 高校に入ったばかりの15歳

 テレビのロードショー番組で観(おそらくテレビ初放送)

 中学に入ったときに父親から買ってもらった腕時計をまっさきに外した

 

 そしてバイクの免許が取れる年齢になるまでの数ヶ月を

 ギターをかき鳴らしながら「ヤング・マシン」というバイク雑誌を

 なめるようにして見て過ごした

 

 あれから30余年

 

 ”自由”というものをビジュアルとして初めて見せてくれたのが 

 「イージー・ライダー」だったのではないか、と今思う

 

 という訳で、あらためてCDを聴いてみる

 ♪~ステッペン・ウルフでイケイケ・ノリノリで出発し

 バーズやジミヘン、すったもんだいろいろあったけど 

 イッツ オール ライト マ  大丈夫

 の直後に ズガーン

 で、イージー・ライダーのバラードで去ってゆく~♪

 という感じかな


 曲については今さらなので何も

 ただジャケットは・・・

 契約上の問題でもあったのか

 それともサントラだからどうでもよかったのか

 黒と黄色の2色刷り

 しかもデザインもくそもないスクリーン・トーンのイラスト

 

 わかりやすいといえばわかりやすいが