合衆国大統領
連邦議会議員
マイケル・フロマン通商代表

親愛なるオバマ大統領、連邦議会議員閣下、フロマン通商代表へ

 合衆国通商代表部(USTR)は、「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」の交渉が最終段階に達したと宣言しました。この協定は、なお論議の的になっている一連の知的財産保護水準の遵守を、合衆国の知財政策に義務づける包括的国際条約です。同協定は、すでに失敗に終わった「偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)」と同じ知財保護水準の多くを提案するものです。ACTA が失敗した大きな理由は、国際合意のプロセスと内容が公衆には秘密とされる一方で、一握りの限られた産業界代表には開示されたことに対して、公衆が拒絶反応を示したことにあります。TPP はACTA と比べても幅広い公衆の利益が関係し、またACTA と似た提案内容が含まれているにも拘わらず、TPP はACTA 以上に秘密主義的なプロセスがとられています。そのような秘密主義の結果、公衆の不信は増幅し、最終的にバランスを欠き弁解の余地のない条約へと繋がる状況が生まれています。

 私たち、下記に署名した知的財産法専攻の学者と研究者の一同は、秘密主義的なTPP 交渉プロセスの即時変更を支持し、「視覚障害者等の発行された著作物へのアクセスを促進するためのマラケシュ条約」において採られた例(後述)に倣うことを、貴殿にお願いするためにこの書簡を記しています。

 知的財産法の影響力は、信じられないほど広範囲に及びます。そこには、医薬や教科書の値段に始まり、自由な表現やインターネット上の新しいビジネスモデルの創出に至るまでの、あらゆる事項が関係しています。TPP の知的財産に関する章は、こうした重要な事項に関する議会の立法権能を制約するかもしれませんし、さらには公衆の意見を踏まえずにそうした制約をもたらすかもしれません。実際、TPP で導入される内容であると報じられたものは、現在検討されている多くの政策的な諸提案を排除するでしょう。そのような諸提案の中には、連邦議会図書館による著作権法改正提案、大統領予算案に含まれている生物学的医薬品のための「治験データ利用排除(data exclusivity)」期間の改正提案、携帯電話の相互運用性を促進するための技術的保護手段回避に関する権利制限規定に対する現政権自身による改訂提案なども含まれています。

 私たちは、TPP 交渉でなされたと報じられているある特定の提案について、賛否いずれの立場もとりません。というよりも実際には、ウィキリークスによる昨日のリーク発表を踏まえたとしても、条文案等のテキストについていかなる公式発表もなされていない以上、憶測の域を超えて何かを述べることができないのです。昨日リークされた文書は、非公式で、またおそらくは古いものなので、透明性と説明責任の要請に応えるものではありません。公衆が有意義な意見を提供するために必要な最新で正確な情報基盤を共有することを通じて、公衆の対話を生み出すことは、情報リーク者ではなく、(現時点ですでに遅くはありますがなお)私たちの政府の役割であるはずです。

 下記署名者は、知的財産法が促進しようとしている公衆の利益が、幅広く開かれたプロセスを経てのみ増進されることについて、全員が一致して確信しています。そして、このような幅広く開かれたプロセスは、大きなエンターテイメント事業者や製薬事業者からだけでなく、知的財産法により影響を受ける知的財産の創作者(クリエイター)、制作者(プロデューサー)、伝達者、仲介者、消費者などからも、その規模の大小に関わらず有意義な意見の提供を受けることを許容するものです。残念ながら、TPP はこのような開かれたプロセスを通じて交渉されてきたわけではありません。むしろ反対に、現政権は、こうした協議を一般公衆に対して秘密にとどめるために極度な努力を払ってきました。報じられたところによれば、条約締結後4 年間は条約文に関するいかなる提案の公式発表もしないという合意を結ぶことを、合衆国が他のTPP 加盟国に求め、そして実際に合意したとのことです。

 しかし、この秘密主義は、選択的であるという点でも議論の余地があります。この点は、USTR 内の産業通商諮問委員会(ITACs)の運用に表れています。ITAC に属する数百名の委員達は、事前に合衆国からの提案の全てについてコピーを受領し、意見を寄せるためのプロセスに参加しています。特に知的財産に関する事項にアドバイスをするために指名されたITAC 委員は16 名しかいませんが、それら委員はみな企業のアドバイザーであり、しかもその多くは製薬企業か巨大なエンターテイメント企業を代表しています。そして、消費者を代表する委員は一人もいません。このような構成の委員が、合衆国では政府の外にあって交渉担当者に公衆の有意義な意見をリアルタイムで提供できる唯一の人々なのです。

 さらに言えば、現政権は、合衆国の現行法および現在の手続の下で、自らのTPP 提案を公衆の目に晒し意見を募ることを積極的に避けてきました。すなわち、現政権は自らの提案について、行政手続法(APA)ではほとんどの立法に求められるはずの公示と意見公募のプロセスを回避しました(「外交機能」について公示と意見公募の手続の免除を許容するAPA553 条(a)(1)を参照。)。また、現政権は、産業通商諮問委員会での協議について、連邦諮問委員会法(FACA)の透明性条項の適用を完全に免除しました(通商諮問委員会に対して場合により免除を許容するFACA2155 条(f)(2)(A)を参照。)。さらに、現政権は、TPP 等の通商条約における合衆国提案に関する全ての文書について、情報自由法(FOIA)の適用を免除しました(「適切に分類された」情報について適用免除を許容するFOIA552 条(b)(1)を参照。)。

 これらのプロセスは、合衆国の核心をなす民主主義的な諸価値に反するものであり、変更され
るべきです。

 現在のプロセスよりもよい方法が存在します。合衆国は、ACTA の失敗を繰り返すのではなく、国際的な知的財産条約交渉における直近の成功例に従うべきです。すなわち、このたび締結され、広範な賞賛を受けた「視覚障害者等の発行された著作物へのアクセスを促進するためのマラケシュ条約」の例です。同条約の交渉プロセスでは、熟慮された全ての提案についてリアルタイムで公的な発表がなされ、また全ての利害関係者に対して直接または音声放送を通じ、ほとんどの交渉の場を傍聴する資格が認められました。マラケシュ条約の高度に開かれた交渉プロセスが成功裡に終わったことは、透明性ゆえに合意が阻まれるとの見解が誤りであることを示しています。

 私たちは皆さまに、遅くはなりましたが、基本的かつ重要な交渉プロセスの変更をご支持頂くようにお願いをする次第です。このプロセスの変更は、TPP 交渉がバランスのとれた首尾良い結末に至る可能性を高め、また、TPP や将来の通商交渉に対する公衆からの信頼を醸成するものなのです。より具体的には、私たちは次の諸点を求めます。

  • 第一に、現政権は他の交渉国とともに、(a)ACTA では妥結の1 年以上前である2010 年4 月になされたように、TPP の知的財産およびそれに関連する章について現時点での公式な全テキストを即時に公表すること、および、(b)その条文案に対するパブリックコメントを募ること。
  • 第二に、現政権は、(a)TPP の知的財産およびそれに関連する章について、合衆国の将来の交渉上のあらゆる立場を、産業通商諮問委員会の委員に情報を提供するのと同時に公衆にも自発的に公表すること、(b)FOIA の国家安全免除制度による情報秘匿を止めること、(c)ITAC の会合と協議について、FACA のオープン・ガバメント方針の適用免除を止めること。
  • 第三に、連邦議会は今後、大統領の貿易促進権限(TPA)に基づくいかなる立法においても、(a)上述した開示の方針を当然に要求する文言と、(b)これまでにITAC システムの下で一部の産業のアドバイザーと共有した全文書をUSTR が公衆に開示することを求める文言を規定すること、そして現政権はそれを促進し支持すること。

 私たちは、これらの提案がTPP および他の通商交渉を大いに改善することで、公衆が十分な情報を得た上で意見を寄せるようになり、また知的財産法の本来の輪郭を取り巻く幅広い意見がより考慮されるようになると信じています。

 お時間とお心遣いを賜りありがとうございます。お返事またはご意見は、本書簡のとりまとめ役であるデビッド・S ・レビン(dlevine3@elon.edu) とシーン・フリン(sflynn@wcl.american.edu)までお寄せ下さい。本書簡で言及した諸問題に関して背景となる書類へのリンクは、次のURL をご参照ください。http://infojustice.org/tpp

敬具

David S. Levine, Elon University School of Law
Sean Flynn, American University Washington College of Law
Jorge Contreras, American University Washington College of Law
Susan K. Sell, George Washington University
Brook Baker, Northeastern University School of Law
Frank Pasquale, University of Maryland School of Law
Peter Yu, Drake University School of Law
Brendan Butler, American University Washington College of Law
Peter Jaszi, American University Washington College of Law
Srividhya Ragavan, University of Oklahoma College of Law
Mark P. McKenna, Notre Dame Law School
Mary LaFrance, University of Nevada, Las Vegas, Boyd School of Law
Cynthia Ho, Loyola University Chicago School of Law
Betsy Rosenblatt, Whittier Law School
Jerome Reichman, Duke University School of Law
Dan Hunter, New York Law School and Queensland University of Technology
Jessica Silbey, Suffolk Law School
Michael A. Carrier, Rutgers Law School
Barton Beebe, New York University School of Law
Lea Shaver, Indiana University McKinney School of Law
Ira Steven Nathenson, St. Thomas University School of Law
Lawrence Lessig, Harvard Law School
Rebecca Tushnet, Georgetown Law
Deirdre K. Mulligan, UC Berkeley School of Law
Jonathan Zittrain, Harvard Law School
Eric Goldman, Santa Clara University School of Law
Annemarie Bridy, University of Idaho College of Law
Deborah Halbert, University of Hawai`i at Manoa
Tyler T. Ochoa, Santa Clara University School of Law
Andrew Chin, University of North Carolina School of Law
Mark Lemley, Stanford Law School
Margaret Chon, Seattle University School of Law
Jennifer M. Urban, UC Berkeley School of Law
Alex Leavitt, Annenberg School for Communication & Journalism, USC
Margo Bagley, University of Virginia School of Law
Edward Lee, IIT Chicago-Kent College of Law
Paul Edward Geller, International Copyright Law and Practice
Jake Linford, Florida State University College of Law
Amy Kapczynski, Yale Law School
Rita Heimes, University of Maine School of Law
Samuel E. Trosow, University of Western Ontario
Robert A. Heverly, Albany Law School of Union University
Jonathan Weinberg, Wayne State University
H. Brian Holland, Texas A&M University School of Law
Timothy K. Armstrong, University of Cincinnati College of Law
Jim Gibson, University of Richmond School of Law
Gabriel J. Michael, George Washington University
David W. Opderbeck, Seton Hall University School of Law
Michael Risch, Villanova University School of Law
Eric Fink, Elon University School of Law
Brian Rappert, University of Exeter
Dan Burk, University of California, Irvine School of Law
Lisa Ramsey, University of San Diego School of Law
Eric E. Johnson, University of North Dakota
Margot Kaminski, Yale Law School Information Society Project
Yaniv Heled, Georgia State University College of Law
Michael Rich, Elon University School of Law
Irene Calboli, Marquette University Law School
Jon M. Garon, North Kentucky University School of Law
Yvette Joy Liebesman, St. Louis University School of Law
Alasdair Roberts, Suffolk University Law School
Frances Burke, Suffolk University
Larry Catá Backer, Penn State Law School
Thomas C. Ellington, Wesleyan College
Katherine J. Strandburg, New York University School of Law
Aaron Perzanowski, Case Western Reserve University School of Law
Amy Landers, University of the Pacific McGeorge School of Law
Jeremy Hunsinger, Wilfred Laurier University and Virginia Tech
Jorge R. Roig, Charleston School of Law
Rebecca Giblin, Monash University
Jessica Litman, University of Michigan Law School
Zoe Argento, Roger Williams University School of Law
Llewellyn Joseph Gibbons, University of Toledo College of Law
Hiram A. Meléndez-Juarbe, University of Puerto Rico Law School
Julie Ahrens, Center for Internet and Society, Stanford Law School
Anupam Chander, University of California, Davis School of Law
Madhavi Sunder, University of California, Davis School of Law
Christopher Wong, Engelberg Center, NYU School of Law
Sarah Burstein, University of Oklahoma College of Law
Mark Bartholomew, SUNY Buffalo Law School
David Olson, Boston College Law School
Seda Gurses, Department of Media, Culture and Communications, NYU
Julie Cohen, Georgetown Law