guitardemetalのブログ

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10年程経つだろうか・・・

オス犬のゴロは、私が中学3年の秋に我が家にやって来ました。

雑種の捨て犬です。

最初の夜は親にバレないように自分のベッドで一緒に過ごしました。

次の日はゴロを置いて学校に行き、帰りはダッシュで帰宅。

「親に見つかってないだろうか・・・」

怒られることは覚悟していたし、この子を僕が絶対守るんだと決意していました。

恐る恐る家に帰ると、ゴロは寝そべる両親の間で後ろ両足を伸ばして楽しそうにしていました。

母親が「首輪買ってきな。」とお金を渡してくれました。

天にも昇るような足取りでホームセンターへ走り、赤い首輪を購入。

両親の優しさにとても感謝したのを覚えています。

 

全然吠えない子で、初めて声を聞いたのは1,2週間ほど後だった。

唯一吠える時は、どこかへ繋いで私が離れると、「おいていかないで!捨てていかないで!」

と言ってるように悲しいくらい全力で吠えました。

 

高校生になり、引っ越しして新築の一軒家に住むことになりました。

ゴロは外で飼われていたので、私は親のいない時を見計らって家の中でじゃれあって・・・

そしてバレての繰り返しの日々。

よく怒られたなぁ(笑)

いじめられっ子だった私が泣いていれば優しく舐めてくれました。

異常なほど溺愛する私に、母親は少し心配であったようです。ホモなのかな・・・と。

社会人になり、あまり散歩もしなくなった私。

散歩は祖父が毎日連れて行きました。

ウンチしたくて、おしっこしたくて、散歩行きたくて・・・沢山辛い思いと我慢をさせてしまったこと

本当に申し訳なく思う。

 

ゴロは朝、小学校へ行く女の子達に撫でられて、耳をつかまれて、しっぽを引っ張られても

微動だにせず座っている。

人を噛まないし、吠えないし、子供達に優しかったなぁ。。。

昼間は、ゴロに会いに来た近所のおばさんの顔をベロベロ舐めまわして、ビーフジャーキーをもらい、

家族が帰ってきたらお出迎え。(ピョンピョン、しっぽグルグル)

飼い主よりも有名で、私はゴロちゃんのお兄さんと呼ばれていました。

 

時が経ち老いてきたゴロは、家の中で過ごすようになりました。

足の力が弱ってフローリングで立ってられなくなったり、白内障になって視力が落ちてきたり。

いつかゴロとの別れが来ると認識してきたのもこの頃ぐらいだったろうか。

それでも家に帰ると、辛いであろう体を引きずって会いに来てくれた。

 

ある日の散歩で、一歩一歩が大変そうに歩くゴロの足が止まった。

舌が紫色になり、酸欠状態になっているのがわかった。

とても苦しそうだ。ゴロの体の力も抜けていった。

近所のいとこと車で動物病院へ連れて行った。

いとこのおばさんが「ゴロ、もうすぐ病院だからね、がんばってね」と繰り返す。

 

診断の結果、下腹部に癌があるとのことだった。

睾丸もほとんどなくなっている状況だった。

手術は体力的に難しいとのこと。

先生に「せめて痛みだけはとってあげてください!」と告げた。

ステロイドの注射と薬を貰い帰宅すると、ゴロは少し元気を取り戻した。

 

1月17日の早朝、洗濯機の前で一人で天国に旅立ちました。

ゴロと過ごした16年間は、私のみならず家族全員にとって大切な日々だったのでしょう。

家中についたゴロの爪痕や噛み痕は、ゴロがいた真実を伝える大切な傷となっています。

 

私がゴロに対して思うことは後悔です。

もっと大事にしてあげれば良かった。

彼は全力で私を愛してくれました。

私は、彼の最低限の要求にも応えてあげることが出来ませんでした。

最後は痛くて苦しい思いをさせてしまいました。

 

今でも写真を見ては名前を呼んで話しかけています。

今でも似ている犬がいるんじゃないかと探しています。

こんな私と一緒に過ごしてくれたゴロにとても感謝しています。

 

ゴロちゃんへ

かぁくんが会いに行くまで待ててね♡