◎BAND ON THE RUN
▼バンド・オン・ザ・ラン
☆Paul McCartney & Wings
★ポール・マッカートニー&ウィングス
released in 1973
CD-0305 2012/11/2
ポール・マッカートニーの、さて、いろいろな名義はあるけれど、ビートルズの後の5枚目のアルバム。
このアルバムも一度記事にしていました。
しかしそれは、僕がこのアルバムのLPとCDを合わせて何枚持っているかという記事で、音楽の内容についてはあまり触れていませんでした。
つまりこちらも「ダシ」に使ったのでしたが、前回のトム・ペティ同様、そのことに自責の念、もったいないという思いが強くなり、やはりこちらも上げ直すことにしました。
ちなみに僕はこのアルバム、LPとCDを合わせて19枚持っていますが、もし万が一ご興味がある方は、こちらの記事 をご覧ください。
ポール・マッカートニーの過去のアルバムの版権がUniversalのHEAR MUSICに移り、新たなリマスター盤が豪華盤ともども出直していますが、このアルバムはその第1弾として選ばれました。
つまり、ポール自身も代表作だと考えているからでしょうし、僕もそれは大納得。
そういえば今年6月にRAMが出て、次はいつ出るのか、また来年かな、待ち遠しい。
◇
僕は、このアルバムは、僕のリアルタイムに出たものではないポールのアルバムではいちばん好きです。
リアルタイムを含めるとTUG OF WARとどちらかというところですが、とにかくこのアルバムの完成度の高さは驚異的ですらあります。
このアルバムを最初に買ったのは、中学3年の秋だったかな。
国内盤ピクチャーLPが売られていたのを、普段あまり行かなかった札幌市内のレコード店で見つけ、少しして買いに行きました。
当時はもうビートルズ関係の本をよく読んでいたので、このアルバムがポールの最高傑作であるとの予備知識はありましたが、聴くと、予想をはるかに超えて素晴らしいアルバムだと感じました。
といっても、当時はまだビートルズ以外は20枚も聴いてなかったという若僧でしたが、それでもこの完成度の高さに感動しました。
少しして、高校受験に合格した15歳の3月にこのアルバムの2枚目のLPを買いました。
合格のお祝いをもらい、ポールのLPを3枚同時に買ったうちの1枚で、一緒に買ったのは、この前のRED ROSE SPEEDWAYと、この後のVENUS AND MARS、つまりよく売れた頃の連続した3枚、手堅いでしょ(笑)。
合格祝いが出たとはいえ、まだ小遣いが限られていた中で早くも2枚目を買ったのは、それだけ僕が惚れ込んだということです。
◇
このアルバムは、ナイジェリアのラゴスで録音されました。
当時は街を歩くだけでも危ないと言われていたそうですが、ポールはなぜかそこで録音したいと言い出します。
しかし、漸く軌道に乗り始めたバンドのメンバーが次々と脱退してしまい、ポール、奥さんのリンダ・マッカートニーそしてギターのデニー・レインの3人だけでナイジェリアに向かい、基本的には3人で録音が進められました(他にも参加者あり)。
ポールはだからここではドラムスも担当しています。
しかし、なぜナイジェリアに行きたかったのかはよく分からない。
きっとポールの本能の導き、思いつきなのかもしれません。
というのも、ポールがこの時点で(今もだけど)自分の音楽にアフリカ的な要素を採り入れようとは思っていなかったはずで、このアルバムにもアフリカらしさはあまり感じられないからです。
強いて言えば、録音状態の空気感がそれっぽいかもしれない。
アルバムを聴いて僕は夏をイメージするのも、そんなところかな。
ナイジェリアは今ではアフリカでもサッカーが強い国として知られていますが、しかし僕は、中学時代にそのことを聞いたがために、いまだに、ナイジェリアやラゴスと聞くと、このアルバムを思い出してしまう・・・
そういえば「笑点」の大喜利で、木久扇師匠は最近、ナイジェリアとアルジェリアのネタを言わないな(笑)。
◇
このアルバムについて話をする時、ジャケットのことに触れないわけにはゆかないですね。
表題曲の歌詞のイメージ、刑務所を脱獄したバンドの写真は、名の知れた俳優などを招いて撮影した力作。
ポールの妥協を許さない姿勢がここにも感じられます。
新たに出た限定盤の本(ブックレットというよりは本)には参加者が明記されていて、今回はその話をしたいので、CDがいつもより大きく見えるように写真を撮りました。
でも、やっぱり小さすぎてよく分からないというかたは、どうかお手元のCDなりLPなりを手に取ってご覧ください。
えっ、お持ちではないですか?
あれっ、一家に1枚必需品じゃないのかな・・・
なんて、失礼しました、こんな小芝居は気にせず読み飛ばしてください。
それはともかく、ジャケットの写真で、顔の位置で左から順に説明してゆきます。
1.Michael Parkinson
マイケル・パーキンソンは英国の著述家。
逃げているのに手を広げてポーズをとっているのが面白い(笑)。
2.Kenny Lynch
ケニー・リンチは英国のシンガーソングライター兼俳優。
僕は音楽を聴いたことがなく映像も見たことはないのですがそう聞くと、音楽にはちょっと興味が出てきました。
3.Paul McCartney
4.James Coburn
ジェイムス・コバーンは日本でもよく知られた俳優ですね。
僕が大好きなオードリー・ヘプバーンの「シャレード」では、これが彼のデビュー作であると紹介されています。
また、1990年頃だったかな、たばこのCMに出ていて、「スピーク・ラーク」は流行語のようにもなりましたね。
アクが強いけど人間味がある演技は僕も好きでしたが、惜しくも2002年に亡くなりました。
5.Clement Freud
クレメント・フロイドは英国のキャスター、政治家。
"Sir"の称号が与えられていましたが、2009年に亡くなりました。
6.Linda McCartney
リンダ・マッカートニーは言わずと知れた「うちのカミさん」。
1997年に亡くなりましたが、それまでは、ポールは、僕が知る限りでは離婚をしたことがない唯一のロッカーでした。
7.Christopher Lee
クリストファー・リーも"Sir"の称号が与えられている英国の俳優。
なぜここに招かれているのかは、ポール自らが主題歌Live And Let Dieを歌った「007死ぬのは奴らだ」に出演しているから、と書けば、それ以上の説明は要らないかな(笑)。
8.Denny Laine
デニー・レインはポールが頼りにしていたギタリスト。
9.John Conteh
ジョン・コンテは英国人で元ボクシングの世界チャンピオン。
◇
このアルバムの音楽的な特徴として挙げたいのが、ポールのベース演奏を味わうアルバム、です。
僕が最も好きなベーシストはもちろんポール・マッカートニーですが、これはロックという音楽におけるベースの名演アルバムとして筆頭格に挙げられるものだと僕はずっと思っています。
ブックレットにあるスタジオでの録音風景の写真の中に、ポールがフェンダー・ジャズベースを持った写真があります。
ポールはABBEY ROADの頃からジャズベースを使っているらしく、それ以降のポールのアルバムでのベースの音は、ジャズベースのものが多いのかもしれません。
力強くてメロディアスで迫力があってグルーヴ感あふれる、ポールのペース演奏の真骨頂。
このアルバムが他のポールのアルバムとひと味違うのは、まさにこのベースにあると思います。
さて、聴いてゆきますか。
1曲目Band On The Run
メドレーとは名乗っていないけど3部構成のメドレー形式の曲。
ポールが得意なスタイルですね。
第一部は静かなバラード。
刑務所で終身刑を受けた男の心情を歌っていますが、その割に、寂しくて切ない中になぜか楽観的なものを感じるのは、この先の物語を予感させる部分でもあり、ポールらしいところ。
第二部はマイナー調のミドルテンポのロックンロール。
もし外に出たらこんなことをしたい、と願望を歌っていますが、この部分は切迫感と緊張感がありますね。
この第二部の最後、2'04"あたりの部分"If I ever get out of here"の低音のコーラスがジョン・レノンの声に似ているので、当時は、ジョン・レノンが参加したのかと話題になったそうです。
実際はもちろん違うようですが、しかし、バスルーム・エコーがかかったような声は確かに似ています。
参加メンバーを見る限りはポールが歌っているのだと思いますが、ポールの願望なのか、単なる茶目っ気とジョークなのか、世の中を騒がせたかったのか、或いはほんとにただの偶然か。
第三部は軽やかなフォーク調の本編ともいえるポップな部分で、いかにもポールらしい口ずさみやすい歌メロ。
この部分で頻繁に入るエレクトリック・ギターのオブリガードの音色が、そういえばなんとなくトロピカルな雰囲気かな。
この曲は後にシングルカットされ、ポール3曲目のNo.1となりました。
このアルバムについて少し補足を。
ビートルズ解散後のポールは、試行錯誤が続いていて、他の3人に比べるとあまり評価が高くはなく、このアルバムも、リリース前はあまり期待されていなかったそうなのです。
しかしいざ出てみるとこれが誰が聴いても素晴らしい内容であり、世の中や評論家のポールを見る目が変わったことは、後からシングルカットされたこの曲がNo.1になったことからも推察されます。
2曲目Jet
ポール・マッカートニー「入門編」の曲。
というのも、僕が初めて聴いたポールの曲のひとつだからですが、だいたいビートルズに興味を持った人がポールのソロの曲として最初のほうに聴く曲じゃないかなと。
まあ、今の若い人はどうか分からないけど。
重たい響きに軽い歌メロ、軽やかなコーラスとギター、爽快だけどずしんと重たく響いてくるこのこの曲は、ポールの音楽を象徴する曲のひとつではないかと思います。
歌メロもいいのですがこの曲はサウンドが楽しく、特に途中のピアノの高音連弾は気持ちが浮揚します。
まるでジェット機のエンジンの前に立っているようなサウンド。
この曲のベースは本来の役割である下支えに徹していて、フレーズとしてはあまり目立たない、適材適所の演奏ですね。
歌詞はポールには珍しく断片的な心情を重ねているものですが、ひとつ注目が"suffragette"という単語。
「婦人参政権論者」というこの単語は、政治的活動もしていたジョンを意識したとも考えられますが、もうひとつ、この前年にデヴィッド・ボウイがSuffragette Cityを出していたことも関係がありそう。
ポールは、意味云々よりも単にその単語の音の響きが気に入って使ってみたのかもしれませんが、ポールの言葉への鋭さ、言葉遊び感覚が生きています。
Jetとは、ポールが飼っていた犬の名前だという。
ポールは、ビートルズ時代にも自分の犬の名前からとったMartha My Dearも作っていますが、ポールが犬好きであるのは、犬好きとしてうれしいですよ(笑)。
アルバムからの最初のシングル、ビルボード最高位7位を記録。
3曲目Bluebird
犬に続いて鳥の歌、僕が好きにならないわけがない(笑)。
ポール得意のアコースティック小品系のしっとりとした曲。
Bluebirdと歌うコーラスは誰のパートをとっても歌メロがよく、僕は歌う度にパートを違えて口ずさみます。
鳥と自由を絡めるというモチーフはロックにはよくありますね。
でも、この曲のコーラスが微妙に虚しく寂しい響きなのは、自由というものは実はなかなか手に入らないものだ、というメッセージが暗に込められているのかな。
またはこの曲、ジェットで飛べなくても自力で飛べる、ということかな(笑)。
アコースティックギターが前面に出ていますが、この透明さと精彩さはギターの弾き語りではおそらく出せなくて、アレンジの妙、鋭さを感じます。
そしてここでもベースが歌っています。
そうそう、かつてうちの車もブルーバードだったことがありますが、この曲の存在を後で知って、うれしかったというより、やっぱり僕はビートルズを好きになるべくしてなったんだと思いました(笑)。
4曲目Mrs. Vandebilt
「ほっ、へいほぅ ほっ、へいほぅ」
この曲はなんといってもこれですね。
この曲にはとっても面白い個人的な逸話があります。
高校時代、僕の家は学校から近かったので、放課後によく友だちが帰る前にちょっと寄って、音楽を聴いてお茶を飲んで話していきました。
当時は基本的にはみんなはヒットチャートものを聴いていたので、このような古い曲を聴かせると珍しがっていましたが、このアルバムを聴かせたうちの2人が、家を出る時に「ほっ、へいほぅ」と口ずさんでいたのです。
それだけ印象的な曲ですが、この話にはまだ続きがあります。
その後にまた別の音楽が好きな友だちが家に来た際にこのアルバムをかけて、僕は友だちにこう言いました。
「この曲はうちに来て聴いた人は必ず帰りに口ずさむんだよ」
するとその友だちは「俺はそんなことはしない」と宣言しました。
しかし、その友だちもやっぱり、帰りに口ずさんだのです。
「ほっ、へいほう」
友だちが見せたバツの悪そうな顔ったらなかったですね。
曲はほの暗い、ちょっと哀愁系のフォークソング。
ポールの声はエフェクトをかけていて、くぐもったように聴こえます。
この曲のベースはまるで怒っていて、特に0'44"のところの「ぐぅ~ん」というグリッサンドの音が凄い。
それでいてベースだけでも旋律として聴かせます。
一度しか出てこないパッセージの部分の高音コーラスの悲しい響きと、ポールの曲にしてはブルージーなギターソロも印象的。
内容は「バンガロー・ビル」のポール版みたいなものかな。
そう考えるとやっぱりポールはずっとジョンを意識していたのかな。
なお、Vandebiltについて調べると、スペルが1文字違うVanderbiltというアメリカの資産家一族があって、その名を冠した大学がアメリカのナッシュヴィルにあるのですが、となるとポールは、資産家の婦人の孤独を歌いたかったのかな。
それとも、ナッシュヴィルといえばカントリー、もしかして、ポールのカントリー好きが顔をのぞかせているのか。
5曲目Let Me Roll It
ポールの傑作「ブルーズ」。
もちろんポールの事だからぜんぜんブルージーじゃない(笑)、でも明らかにブルーズが頭にある曲。
この曲はほんとにベースが歌いまくっています。
テクニック的には僕が弾けるくらいなので難しくはないですが、このベースには陶酔しますね(笑)。
4'25"あたりのハーモニカのような音がポールの声だというのはサウンド的にも面白い。
1993年の東京ドーム公演で演奏して僕はうれしかったのですが、会場の反応がとっても微妙でした・・・
6曲目Mamunia
B面最初は軽やかでポップなアコースティックギターの曲。
ドシラソファミレドと下がってくるギターの音がとっても印象的。
この曲は歌詞がいいのです。
雨が降って川を流れ海につながる、というように、生態系を歌ったもの。
エコが叫ばれる今の世の中、ポールははるか40年近く前にこんなことを言っていて、先見の明があったということにもなるけれど、一方でそれはポールの嗅覚というか本脳の素晴らしさを証明しています。
"Mamunia"て何だろうと考えて、辞書を引いても出ておらず、"Mammal"=哺乳類からの造語かなと思ったことがありますが、だとすれば、哺乳類は水の中から陸に上がったという説にこの歌詞はのっとっているのがさらに興味深いところ。
ポールが何かをすると付け焼刃的であるのは否めないのですが、逆にいえばそれだけ本能の人で、知識はひとまず関係なく、自分が信じたところに突き進む人であるのは間違いないでしょう。
音楽的な面で感動的なのが、一度しか出てこない中間部分、「傘を置いて、雨合羽を脱ぎ捨てよう!」と呼び掛ける部分の解放感ある歌メロを温かく歌うポールにはじーんときます。
雨といってもじっとりとしていなくて爽快なのも、英国よりはアフリカ的なものを感じる部分かもしれません。
1曲目もそうですが、印象的な旋律を奏でるキーボードは、スティーヴィー・ワンダーの影響かな、曲をさらに魅力的にしています。
雨の名曲、エコの曲として、今の時代にはもっともっと注目されていい曲。
7曲目No Words
甘くとろけるような歌メロはまさにポール節。
このアルバムにあるから甘すぎずにちょうどいい甘さ。
そう感じさせるのは、曲の甘さに反比例するかのような強めの音のエレクトリック・ギターが引き締めているからかな。
このアルバムはつくづく音への細かい配慮が感じられます。
この曲の注目はこちらも一度しか出てこない部分で、ポールの声が裏返るほどに音が高くなってゆくところの切なさは、どちらかというと普段はあまり感情的には歌わないポールも、こんな歌い方が出来るんだって驚き感動しました。
この曲はコーラスというよりは歌メロが2つあるような曲で、そのどちらを歌ってもじーんと胸にきます。
強い音のエレクトリック・ギターのソロが始まったと思うと、さっとフェイドアウトしてしまうのが、もったいない気もするけど、そこをさらっとやるのがまたポールらしいところ。
この曲はデニー・レインも作曲者に名を連ねていますが、そのせいか、デニーのコーラスがよく聞こえてきます。
8曲目Picasso's Last Words (Drink To Me)
パブロ・ピカソはこのアルバムがリリースされた1973年に亡くなっていますが、ピカソの遺言がこうだったのかは、僕は知りません、調べがつきませんでした。
「僕の健康のために乾杯」という言葉は皮肉ですね。
確かに曲は酔っぱらったようによたよたとした感じ。
得意のディキシーランド・スタイルで曲は始まりますが、途中でオーケストラを主体としたアレンジの部分に展開しJetのモチーフなどをはさんで最後は「ほっ、へいほぅ」で終わる。
お遊びといえばお遊びの緩い曲ですが、この曲は、このアルバムのここにあるからこそ印象的と言えるでしょう。
ポールの場合、SGT. PEPPER'Sもそうだけど、凄いアルバムを凄く聴かせて聴くものを構えさせようという気持ちはさらさらなくって、真剣になればなるほどユーモアの味付けが濃くなり、その場がなごんでまろやかになる、そんなキャラクターだと思います。
クラリネットはポールのお父さんが得意な楽器だっただけにポールも使い方がうまいですね。
そのクラリネットは、特に誰が演奏と明記されていないので、きっとポールが吹いているのでしょうね。
そういえば最後の「ほっ、へいほぅ」の部分のパーカッシヴな響きとコーラスがアフリカっぽい要素かもしれない。
9曲目Nineteen Hundred And Eighty Five
「西暦1985年」、最後は来るべき未来の年へ向けての壮大な序曲。
かの有名なジョージ・オーウェルの1984年が終わって新たに始まる年、という意味かな。
ちなみに僕が初めてこのアルバムを買ったのは1982年で、早く1985年いならないかなと当時は思ったけど、いざなってみたところで、特に感慨もありませんでした(笑)。
ただ、1984年にユーリズミックスがサントラの1984を発表していたのは、やっぱり英国人にはオーウェルのそれは大きな存在なのだと分かりましたが。
今からもう四半世紀以上も前のことか・・・
曲自体はホンキートンク調の軽やかなロックンロールですが、これは、ポールにしては珍しく、歌メロを聴かせるというよりは全体で聴かせる曲になっています。
後にポールはクラシックにも挑戦したけど、そういえばこの曲、そもそもポールは元々クラシックも好んで聴いていたし、後にそういうことをするということが垣間見えてきて面白い。
最後にストリングスが入るけれど、この曲は最初からそれを予感させる響きを持っています。
オーケストラのアレンジはトニー・ヴィスコンティが担当していますが、後でロンドンでオーバーダブされたもの。
しかし肩肘張って大仰にやるだけではやはりポールらしくない。
この曲はポールのお茶らけみたいな軽い歌い方がちょうどいいユーモアをまぶして聴きやすくなっています。
途中でブレイクしてコーラスだけが残る部分も音として印象的。
アウトロに向かう部分では、ピアノにオーケストラからキーボードそれにクラリネットまで手当たり次第に鳴らした喧騒のような雰囲気の中、したたかに統制をとって最後まで進み、オーケストラで締めて終わる。
またそのアウトロ前のポールがうめき声のような声を出す部分はドラムスをはじめ全体がそういえばアフリカっぽい雰囲気はあるな。
冒頭に僕は、アフリカっぽさはまるで感じないと書いたけど、中学生の頃に最初に聴いてから今までにいろいろな音楽を聴いてきたせいか、アフリカの影響らしきものを微妙に感じるようになったようです。
そして最後にタイトル曲のモチーフが出てくるのはSGTからの得意技。
最後はダイナミックに最後らしい曲でしめる。
こうして格式ある名盤が生まれたのでした。
現行の2枚組ボーナス音源から2曲について触れます。
Disc2、1曲目Helen Wheels
「愛しのヘレン」、アメリカでシングルとしてリリースされ10位を記録するヒットに。
それを受けて、後にリリースされたこのアルバムのUSA盤のみ、この曲が、B面3曲目、No Wordsの後に入れられたため、このアルバムはアメリカのみ10曲となっています。
僕は、実は、最初に買った日本盤ピクチャーLPがアメリカ盤を基にしているものだった関係で、最初に聴いたこのアルバムにこの曲が入っていたのでした。
アルバムは単なる音源の寄せ集めではなく、アーティストが収録曲や曲順を考えて出すのが基本であるので、勝手に曲を間に入れるのは暴挙といえるかもしれません。
ただ、このアルバムは不思議なことに、これがあったといって、全体の印象がさほど悪くはならないのです。
それはこのアルバムのいい意味での緩さのせいかなと思います。
曲は僕が「カンザス・シティ系」と呼ぶスタイルの、ポールお得意の軽快なロックンロール。
最後の「ばぁ~いば~い」とお化けみたいな声で言うのは、もう遊んでいるとしか思えない、そんな緩い曲。
2曲目Country Dreamer
「愛しのヘレン」のシングルB面曲。
タイトルの通り、ポールのカントリー趣味が出ていて、ポールの音楽のルーツが垣間見えます。
これは単純に、純粋に素晴らしいアルバムです。
スポーツ選手でも、超一流選手になるほど、凄いプレイをいとも簡単にこなしているように見えて感動しますが、このアルバムはまさにそのような感じですね。
ところで、ポールは過去のカタログをすべてHEAR MUSICに移籍して再リリースしたと書きました。
でも、ずっと昔からビートルズやポールを聴いてきた者としては、ポールのCDからEMIの文字がなくなるのは寂しいですね。
まあ、ポールはまだまだ前に進みたがっているのだし、ポールの意志なのでそれは尊重しますが。
(なんでもEMIはもはやポールのプロモーションを積極的にやってくれなくてしびれを切らしたらしいけど、ジョージ・マーティンの本を読んで、それは半世紀以上前から変わらないEMIの体質だと分かりました)。
クイーンも同様にEMIからUNIVERSALに版権が移って再発されたけど、時代は変わるのかな。
ともあれ、現行盤が出直した時に、やっぱりとっても素晴らしくて暫く聴き込んだので、このアルバムはおそらく、ビートルズ以外では、僕が今まで聴いた回数が最も多いアルバムだと断言できます。
今後も死ぬまで聴いてゆくに違いないので、この記録は破られないでしょうね(笑)。