◎TEMPEST
▼テンペスト
☆Bob Dylan
★ボブ・ディラン
released in 2012
CD-0293 2012/10/7
ボブ・ディランの新譜です。
これがいい、とってもいい。
ディランの音楽は、心の中の当たりが強い、棘があるというか、ぐさぐさと刺さってきてこちらもよほど心構えをしないと聴けない。
というのはもうはるか昔のこと。
心地よいのです。
ディランを聴いてそんな心境になるなんて、思ってもみなかった。
1曲目Duquesne Whistle
昔のラジオのような小さな音で流れてくるのはスウィング・ジャズ。
思うがままにスウィングした小気味よい曲でアルバムが始まる。
曲を最初に聴いた瞬間、なんとなく映画『アンタッチャブル』の世界を思い浮かべた。
ディランは最近は、自分が聴き育った音楽を楽しみながら作っているように感じますが、その楽しさ、気持ち良さが素直に伝わってくる。
どこか懐かしい響き。
といって、ディランにとって懐かしいのは1940-50年代の音楽でしょうけど、僕はまだ生まれていない。
それでも懐かしいと感じるのは、人間、懐かしさというのは年代関係なく感じるものなのかもしれない。
ところでこれ、"Duquesne”をなんと読むのか、フランスの大佐の名前でカタカナで無理やり書くと「デューケーン」、ペンシルヴェニア州の都市の名前でもあるそうです。
しかしこれは、そんな小難しいことを考えなくても、素直にとっても楽しい曲で、アルバム1曲目からつかみはOK。
2曲目Soon After Midnight
穏やかでちょっとセンチメンタルなフォークソング。
光景として思い浮かべたのは、ニール・ヤングのHarvest Moonのビデオクリップ、薄暗い夜にダンスを踊る、そんなシーンでした。
3曲目Narrow Way
イントロからずっと続く少し堅くて妙に軽い手触りのギターリフが印象的。
やはりスウィングしているブルーズで、この辺がディランの懐かしいところなのかな。
ところで、このアルバムにもチャーリー・セクストンが参加していて、もはやすっかりバンドメンバーになったようですね。
4曲目Long And Wasted Years
まるで自分の半生を振り返って自虐的にひとことでまとめたみたいなタイトル・・・
エレクトリック・ギター音がフェイドインでもなく突然ボリュームのつまみを上げたみたいに入ってきて、なんだなんだ、と思う。
エレクトリック・ギターの弾き語り風、ドラムスや装飾音はついているけど、ディランのそれまでの人生は果たして充実したものだったのだろうか、と、聴き手も考えてしまう。
"Shaking it up baby, twist and shout"という歌詞、何かを思い出してしまう。
節目節目で入るエレクトリック・ギターの下降するフレーズが印象的。
5曲目Pay In Blood
なんとなく適当に明るく始まってディランが歌い進め、途中でギターの音に導かれ瞬時にしてマイナー調に転じる曲、さすがとうならされる。
でもすぐに明るく戻って、小川が流れるような軽やかな演奏に入るのもまたいい。
6曲目Scarlet Town
お得意の語り部風。
落ち着いた口調で歌う静かなこの曲には、人生の裏側を見せられるような。
物語は6分以上続き、どこまでいくのかなと思い始めたところで性急にフェイドアウトして幕を閉じてしまいます。
3音で構成されるアコースティック・ギターのフレーズがずっと流れていて心にしみてきます。
7曲目Early Roman Kings
ブルーズ調の明るめの曲で、イントロに使われるブルーズの決めのフレーズが曲の間にもずっと入り続けていて印象的。
今回のアルバムは、このように同じフレーズが流れ続ける曲が多くて、それも気持ちが乗って聴きやすい部分かもしれない。
アコーディオンの音がいい。
8曲目Tin Angel
6曲目で語り尽くせなかったのか、また語り始めたような感じの曲。
"Get up, stand up"と歌い出す部分があって、ボブ・マーリーを思い出してしまったのはディランの意図だろうか。
昔のように棘はないんだけど、あまり笑わない人と狭い部屋にずっと一緒にいるような息苦しさを感じる曲。
9曲目Tempest
表題曲はアコーディオンとフィドルで穏やかに始まる、10分以上ある壮大な叙事詩。
僕はシェイクスピアを全巻読破するつもりでいますが、「テンペスト」はまだ読んでいない。
不覚でした。
このアルバムを買ってから今まで読む時間があったはずなのに・・・
というわけでシェイクスピアの「テンペスト」とのつながりは、あるかないかも含めて分からないのですが(そういえば今回のブックレットには歌詞が載っていない)、嵐という割には穏やかにゆるやかに流れていく曲。
曲は4小節の旋律を歌詞を変えて延々と繰り返すだけですが、こうした長い曲はだれそうなところを、ディランの語り部としての真骨頂、次に何を言うか、期待を持って聴き進めることができます。
しかも長いのですぐに忘れるし(笑)。
それにしても、こんな長い曲、よく歌詞を覚えられるよなあ。
ジョン・レノンだったら無理だろうなあ・・・
録音の時は歌詞を読みながら歌う、なんてこともディランはなさそうだし。
そもそも僕は曲の覚えも悪いので、それまで知らない新しい曲を覚えるだけでも大変なのに(この曲は4小節で簡単だとしても)。
気になるのは、"He dreamed that Titanic was sinking"というくだりが何度か出てくること。
この曲に込められた思いはこれから聴いて読み解いてゆきたいわけですが、角が取れたディランはいいなあ、と心の底から思える曲です。
10曲目Roll On John
もったいぶったようにおもむろに始まるイントロが情感こもっています。
やはり曲としては単調で歌詞を変えて歌い続けるだけなんだけど、それでも聴かせてしまうのがやっぱりディラン。
というより、そこが魅力なのでしょうけど、他の人には真似をしようと思ってもできない。
だみ声から発せられる言葉と言葉の間から情感がこぼれおちてゆくような、なんともいえない味わい深い曲でアルバムは終わります。
そして聴き手の気持ちは引きずられてゆくばかり。
9月11日に上げた"LOVE AND THEFT"の記事で、ディランはアメリカを背負っている、というようなことを書きました。
アメリカの音楽を背負ってゆかなければならない、という意思があるのかもしれない。
ゆかなければならない、とは言い過ぎですが、古き良きアメリカの音楽をほんとうに楽しむことができるようになったのかも。
重たい曲、シリアスな曲、悲しげな響きの曲もあるんだけど、でもメッセージを発することが先にあるのではなく、あくまでも音楽として心地よいものを作ろうとしているんじゃないかなあ。
だからやっぱり、聴き終ると、心地よい、気分がいいんです。
角が取れたボブ・ディラン、これほどまでに味わい深いとは。
この新譜、僕は、ここ数作では一番気に入りました。