2014年 アメリカンスナイパー

2016年 ハクソー・リッジ

それぞれ製作された年だが、あの9.11をどう捉えたか、または、どう消化しているかが通底しているように見えた。


戦争映画の嫌いなところはイデオロギーが先に出てしまい説教臭くなるところで、好きなところは極限状態の人間の機微を捉えられるところだった。


しかし、この2つは嫌いなところが抜けた映画だった。

クリントイーストウッド、メルギブソンそれぞれの力があったからだし、理屈を超えた何かを伝えてくれた。

よく琴線に触れるというが、まさにこの2つはそうだった。


アメリカンスナイパーは『伝説』と呼ばれたあるスナイパーの物語である。

ハングオーバーの印象があったブラッドリークーパーとは一転して、マッチョな役として登場。

子供をスコープで標準を定めるシーンからはじまるのは心が奪われた。

主人公の腕上がるにつれ、また、人を射殺する人数が増えるにつれ、周りは彼を『伝説』と呼ぶ。

だが皮肉なことに、名声が上がれば上がるほど、彼は心を病んでいく。

終わり方はなんとも言えない気持ちになる。


ハクソー・リッジは沖縄戦

こちらはうってかわり、武器を持たずに英雄と呼ばれるにいたった話しである。

良心的兵役は今まで聞かなかったことだったので、興味を持った。

また戦闘シーンにおいて、信仰の在り方、神はいるのかを追求し、自己の信念と祈りを内在化させ、その機微を映像化させたのは衝撃だった。



やはり僕が好きなのは、人間が極限になったときに縋る、または頼る、あるいは任せるといった場面にどう行動するのかが見たいのだと改めて思った。


なぜなら、平時の時の人間はわからないし、いかようにも変わっていく。良いこともすれば、嘘もつく。

戦争嫌だなと思った次の日に、ゲーム内にて殺し合いをするのが人だし、その幅は誰しもが持ち合わせている。

僕はその幅がすごく豊かだし、大切だと思うが、人がピンチになったときはそうはいかない。

極限までになったとき、その人の人間力が試される。


戦争は嫌いで、戦争映画となると、グロイシーンが多いのであまり見れたものでもない時があるのだが、しかし、僕が1番好きな人間力が良く現れるのも、極限の時、即ち生と死が同時になる時なのだから困ったものだ。