「本土」とは
このたび隠岐を訪れるにあたって、周りの出雲、伯耆の人々に隠岐に行ったことがあるか尋ねてみたが、半分もいなかった。毎日隠岐に行く船を見ているはずの境港のタクシードライバー二人に尋ねても、行ったことがないという。なぜ出雲や伯耆の我々は、県内でありながら隠岐に無関心なのだろうか。
そういえば境港から西郷への往復の切符が興味深かった。「本土⇔西郷」と印刷されてある。「本土」という言葉は、昔沖縄に住んでいたときにしばしば使った。しかし隠岐の人々にとっての「本土」とはもっと範囲が狭い。隠岐のタクシードライバー曰く、「本土とは、松江や出雲や米子やその周辺。鳥取市は…まあ本土かな。広島や岡山は本土とは呼びにくいです。」とのこと。そのような意味では出雲人の私は隠岐における「本土人」なのだろう。
私は出雲では出雲弁を話す。また、隣接地域の米子や境港でも出雲弁からズーズー弁的要素を除いた「マイルド出雲弁」を話す。心理的距離があったはずの隠岐についてからの意外さのひとつが、「本土」との意外な近さだ。高齢者同士が病院通いの話をしていたが、マイルドな出雲弁に聞こえ、違和感がない。そこで私も出雲弁で隠岐の人々と話した。また、当然だが自動車はほぼ島根ナンバーで、西郷港付近の銀行は山陰合同銀行である。
他の島根県の農村と変わりない。それでいて島独特のゆるやかな「島時間」のようなものが流れているのを感じる。さらに、人々も心のゆとりがあるのか親切で、道を聞いても実に丁寧に教えてくれ、一度別れた後でも追いかけて、改めて教えてくれることも、四日間の滞在で三回もあった。それは「ホスピタリティ」のような都会的で洗練されたものではない。この島に流れる空気がなせることなのかもしれない。
分かち合えない歴史
そのような身近でのどかな島なのに、明治初期に日本最悪の廃仏毀釈が起こったのが信じられなかった。それ以上に、私は二十代で松本健一氏の「隠岐島コミューン伝説」を読むまでこの大事件の詳細を知らなかった。そしてなによりも、その後四半世紀もの間、隠岐にほぼ関心を持たず、隠岐に行ってみようとも思わなかったのだ。通訳案内士の資格を初めて取ったのが2000年だったが、観光地としてのコンテンツのクオリティの高さと満足度が極めて高いこの島なのに、その時から数えても隠岐に行くまで、20年の歳月がすぎていた。
隠岐にある後鳥羽上皇や後醍醐天皇の跡をたどりながら気づいた。隠岐と出雲は歴史観が、特に天皇制に対する距離感が全く異なるのだ。隠岐の人々にとって、天皇制が危機に陥った時には自分たちがお守りした、というのがアイデンティティなのに対し、出雲の我々にとっては神武天皇が即位するはるか前に、出雲國がこの国の中心であり、「島根」とはこの「日本列島の根っこ」を意味する。
いわば、前政権が出雲にあったと考え、無理は承知で現政権の皇室とは対等に考えたがるのが出雲の読書人ならば、あくまでその時その時の日本国のピンチを救ったことを誇りに思うのが隠岐の人々なのだ。
あいまいな出雲のわたし
それと同時に感じるのは、出雲人のあいまいな不甲斐なさである。島流しに遭っているとはいえ、天皇に仕えた隠岐の人々に対し、出雲の守護は逃げてこられても「よそに逃げてくれ」とでも言わんばかりの態度だが、隣国の名和氏が勝ちそうだと見極めると動く。
また、幕末に幕府から黒船の攻撃に備えて隠岐に民兵を置き、訓練するように言われたので、島民に三年間訓練を施したのはよいのだが、幕府の方針が変わるとやめてしまう。島民がそれを望んでも、である。そして幕府が倒れると新政府に対して隠岐の統治権の返還を求め、巨額の金銭を要求されると、それを受け入れてしまう。隠岐を「捨てる」という選択肢があったろうに、ナマコやアワビなど、清国に輸出する「俵物」の宝庫である隠岐を手放したくなかったのだろう。しかし出雲の領主たちは上の人には従順でありながら、下々には冷たく、ピンチの時にはおろおろして、いつも後手に回ってしまう。
今気づいた。これは客観的に見た私の態度そのままではないか。隠岐の歴史をたどっていくと、あいまいな出雲のわたし出雲の合わせ鏡に見えてきて、そこに映った出雲の情けない姿がなんと自分自身の姿だったことに、驚きつつ、もやもやした島を去った。
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