星野源のドラえもんと俳聖殿-「おくのほそ道」とつかず離れずでいく東北 最終回 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

大垣で開花した遊び心「かるみ」

長かった芭蕉の旅も、いよいよ終盤にさしかかる。金沢では初めて会う地元の若き俳人に会いたいと思ったが、到着の前年にはすでに亡くなっていた。加賀の山中温泉では江戸からずっと一緒に歩いてきた曾良が病のため別行動になってしまった。別離の連続だ。

ゴールにして門人たちの多い美濃の大垣は、芭蕉関連では日本一立派な「奥の細道むすびの地記念館」がある。大垣の町は空襲で焼かれてしまった工業地帯で、昔ながらの面影を見つけるのは苦労するが、記念館内はシアターや各種資料、そして芭蕉の大きな葉がお辞儀をする庭園などで芭蕉の世界を体現している。

そしてこの町で旅の結びに詠んだ句が

(はまぐり)のふたみにわかれ行秋ぞ

である。「おくのほそ道」の旅は終わっても、これから伊勢に向けて新たな旅が始まる。ハマグリが二つに分かれるというのは生木を裂くような痛みを感じさせる。一方で二身(ふたみ)夫婦(めおと)岩で知られる伊勢の二見(ふたみが)(うら)に通ずるしゃれである。また、ハマグリというと「その手は桑名の焼き蛤(その手は食わない)」というしゃれを想起させる。大垣から桑名までは十里(39㎞)たらず。身を引き裂かれるようなつらい別れのなかに、遊び心を取り入れたのだ。

新潟の遊女たちとの別れは、まだ遊び心あふれる「かるみ」ではない。しゃれでは済まされないのだ。涙をかみしめながらしたたかに憂き世を生きていく知恵としての「かるみ」が、試行錯誤の末開花したのが大垣だった。だからこの句で旅を締めくくったのだろう。

 

伊賀上野の俳聖殿と星野源のドラえもん

私のおくのほそ道の旅も、終盤を迎えた。これまでの旅は、2011年から2019年にかけ、6回に分けて初秋に行脚したものだ。芭蕉は大垣から伊勢に行き、その年の年末には故郷の伊賀上野に戻った。そこで私のとりあえずの結びとして伊賀上野を訪れた。締めくくりとして訪れたのが伊賀上野城公園にある俳聖殿である。ここは笠をかぶって蓑を身につけた芭蕉翁の旅姿を建築であらわすという、遊び心満点の建物である。そしてこれが完成したのが1942年、すなわち太平洋戦争中というのが驚きだ。軍事色一色になりつつあった当時、俳諧という軍事的には「何の役にも立たない」ことをした数百年前の男を、このように顕彰したことの意味は大きい。

芭蕉を巡る旅について回想しつつ原稿をかきながら、星野源さんの「ドラえもん」のテーマ曲を聴いていると、あるフレーズが気になった。

「少しだけ不思議な普段のお話 指先と机の間二次元 (中略)そこに四次元」

俳句というのは机の上の紙に筆で書いた二次元のもの。それはごく普段の生活の瞬間を切り取ったにすぎないのに、別世界のように見えてくる。そしてそれが読む人には時空を超えた四次元のものに思えてくる。芭蕉が平泉で紙に書きつけた「兵どもが夢の跡」は、12世紀末の奥州藤原氏を想って詠んだものだが、それは時空を超えて21世紀の私たちの心を揺さぶるではないか。

さらに「君が残したもの探し続けること 浮かぶ空想からまた未来が生まれる」というフレーズもあるが、これは能因法師や西行法師の跡をたどって奥州をまわった芭蕉が、単なる「聖地巡礼」ではなく、「不易と流行」「かるみ」といった新しいコンセプトを生み出したことを連想させ、そしてそんな芭蕉の跡をたどって同じ道を行脚しつつ、新しい何かを見つけようとする近現代の我々のことを指しているようにも思える。

私は四十代で断続的に芭蕉の跡を歩き、彼が見ることのできなかった近現代の事件―戊辰戦争や満洲開拓団、東日本大震災などの跡を見るにつけ、芭蕉の句や文を絶対視せず、つかず離れず接してきた。世に芭蕉の跡をたどった本は山ほどあるが、私はあえて不即不離を貫き、芭蕉というフィルターにこだわらず「今みえるもの」を大切にしたつもりだ。なぜなら芭蕉が見た世界も、漢詩や新古今集の時代ではなく、江戸時代という当時なりの「今」だったからだ。そんなことを考えていたら、ずんぐりむっくりの俳聖殿が巨大なドラえもんに思えてきた。

取手の家でこの文章を書きながら9年間の芭蕉の旅の断片が去来する。そして旅にとりつかれた私は、また最初から戻って「道祖神のまねきにあひ、とるものもとりあえず」旅に出るのだろう。私の芭蕉の旅は第二段階に入ったようだ。(了)

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