「風姿花伝」とともに歩く日本列島①国立能楽堂の檜舞台 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

「風姿花伝」とともに歩く日本列島①国立能楽堂の檜舞台と「花」

 初めて能楽を見たのは千駄ヶ谷の国立能楽堂だった。本来なら1万円近くするのだが、職業上の役得でチケットをもらったのだ。入口付近には着物に身を包んだ多くのご婦人方や、いかにも「上流階級」然とした紳士たちが、いつもの仲間と思しき人々とお辞儀をしていた。欧米人の客もちらほらいたが、1000円前後の歌舞伎座の一幕席を並んで取ったTシャツにジーンズのバックパッカーではなく、いかにも知性あふれた教授かビジネスエリートか大使館関係者とでもいったようなオーラに包まれている。

ビートたけしがあるインタビューで言っていたことを思い出した。「芸能人にもランクがあり、一番上が能、次に歌舞伎や文楽、古典落語などが来て、俺たち漫才師が最下層。」34歳で遅い上京生活を始めたばかりの、くたびれた安物スーツ姿の私はまずその時点で「敷居の高さ」を感じた。

 気を取り直してホールに入ると、向かって右に四角形の檜舞台があり、左側に能楽師が登場・退場する際に歩く橋掛かりが見える。歌舞伎ならばホールの舞台と正面をつなぐ「花道」があるが、あくまで大衆演劇の代表である歌舞伎とは異なり、この橋掛かりは舞台裏=あの世、檜舞台=この世をつなぐ、いわば三途の川のようなものであることからしても、能楽の深遠さを感じさせる。それも能楽のとっつきにくさでもあるのかもしれない。

 檜舞台には常緑樹である松の老木が一本だけ、側面には竹が数本描かれている。庭マニアの私はあることに気づいた。一年中青さを保つどっしりとした松の木は変わらぬ普遍性を、「雨後の筍」というくらい成長が早く、風が吹けば揺れるしなやかな竹は、移ろいやすいものを意味するのではないか。そういえば舞台の下には白い石が幅1mあまり敷かれている。枯山水そのものだ。能楽堂を庭で解釈するなんて、自分はどこまでも庭マニアだと感じた。

 能楽堂の座席は、正面の席が最も高価で、次に側面の「脇正面」である。その日私がもらったチケットはそれらのいずれでもなく、安価な中小面席である。これは場所によっては舞台の柱が視界を遮るため安いのだというが、もらいものにケチはつけられない。

 歌舞伎など、他の演劇と異なり、真正面だけでなく側面からも見られるとなると、相当「見せ方」に工夫がいる。能楽の祖、観阿弥の言葉を息子の世阿弥がまとめた「風姿花伝」は、まさに前からも横からも斜めからも見られる訳者の心構えとテクニックを記したものだ。

その中でも世阿弥は役者のもつ魅力のことを「花」と表現するが、魅力と思われているものが「本当の花」かどうかを読む人に問う。例えば幼稚園児ぐらいの子どもが演じれば未熟なところが健気でかわいらしいので受けることだろう。しかしそれは年齢による魅力であり、数年たてば失われる。これを「時分(じぶん)の花」といい、一時的な魅力とされる。本当の花を見つけることは、本当の自分を見つけることでもある。能の道もまるで禅の修行のようだ。

 また、観阿弥・世阿弥は「秘すれば花」という言葉を残しているが、魅力というものは最初から「出血大サービス」するものではない。隠すから希少価値が高まる。それこそ本当のサービスなのかもしれない。インバウンド政策でいうなら、2010年代の日本の魅力を発信しつくすのではなく、あくまで「高嶺の花」を貫くヒマラヤ山脈に抱かれた秘境、「幸せの国」ブータンのような「控え目な見せ方」こそがあるべき姿なのかもしれない。(続く)

 

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