三重VS滋賀④忍者編 伊賀VS甲賀 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

三重VS滋賀④忍者編 伊賀VS甲賀

 「三重VS滋賀」、というより、「伊賀VS甲賀」といえば、ほとんどの方が忍者対決だと思うに違いない。実際、三重県伊賀市と滋賀県甲賀(こうか)市は、それぞれ「忍者の里」としての地位を譲らない。ただ「甲伊一国」という呼び方があるほど、この地域は密接に結ばれている。

忍者の起源も諸説あるが、渡来人起源説が興味深い。伊賀に関して言えば不老不死の薬を求めて紀伊半島に漂着したという徐福のもたらした製薬法が、「体が資本」の忍者の健康を支えたとも、諸国を薬売りとして遍歴し、情報を集めるのに役立ったともいわれている。

また、近江南部に「鹿()(ふか)」という地名を車窓から発見した。この地を訪れた「鹿()(ふか)」という渡来人にちなみ「甲賀(かふか)」という地名ができたと言われており、製薬業に加え、古墳時代の須恵器そのままの信楽焼等の窯業が甲賀市の二大産業というのもその名残かもしれない。戦国時代の甲賀者は大名の統治を受け入れることを潔しとせず、自分たちの選挙によって代表を選び、自治運営するという、日本初の「地方自治体」を形成したが、信長の上洛前後に事実上壊滅したという話も非常に興味深い。

忍者の日本限定のイメージとしては巻物を口にくわえて呪文を唱えると煙の中に消えてしまう光景も目に浮かぶが、これも巻物や呪文は大陸伝来の密教の土着化と見られ、煙(火薬)も渡来人のもたらした技術らしい。渡来人を忍者のルーツと考えられる理由は随所にあるが、それら一つ一つに確実な証拠がなく、謎めいているところが「忍者的」といえよう。

一方内外で忍者というと闇夜に紛れて黒装束に頭巾で情報を得たり、要人を暗殺し、時には手裏剣等を投げるというイメージが強い。実際、信長も鉄砲名人かつ僧形の甲賀忍者杉谷善住坊の狙撃を受け、間一髪で命拾いしたというし、「絵本太閤記」では秀吉が天下の大泥棒かつ伊賀忍者の石川五右衛門に命を狙われた。一方で本能寺の変の折、堺にいた家康は、急いで本国三河に帰る際、この山岳地帯の地理に明るい伊賀者の武将、服部半蔵(はっとりはんぞう)正成(まさなり)の協力で、無事に甲賀・伊賀をこえ、伊勢湾の白子から三河に戻ることができた。ただしこのことは19世紀初めにかかれた幕府の公式史書「徳川実記」には記されていない。いずれもどこまでが史実なのかは知る由もないが、武将たちと忍者とのかかわりがうかがい知れる。

ただ、実際のところ夜以上に日中薬の行商人や旅芸人、僧侶などとして地元民から噂話などを集めるなかから情報を得ることのほうが多かったが、やはり「黒装束に黒頭巾」でなければアイコンとしての忍者は成立しえず、エンタメ性に欠ける。

そのような「目に見える」忍者を求める人々のための「観光忍者」に関して言えば、両市とも忍者服を着た内外の客であふれている。伊賀流忍者博物館・伝承館の忍者ショーはエンターテインメント性が非常に高い。例えば、忍者同士のチャンバラから始まったあと、勝ったほうの忍者が「それでは私の師匠を紹介します。せーの、といったら『ししょー!』と叫んでください。」というので、ひげでも蓄えた老忍者が出るのかと思えば、「笑点!」のテーマソングが大音響で鳴り響き、いかにも軽いノリの忍者が出てきて観客を爆笑させる。一説には伊賀忍者ともいわれる能楽の祖、観阿弥・世阿弥を思い出した。能のルーツ、申楽(さるがく)とは滑稽なものであったのだ。そして世阿弥の著した「風姿花伝」には、「めづらしきが花(あっといわせるようなものこそ芸)」という教えがある。意表を突くそのやり方は、観阿弥・世阿弥一流の「忍法」ではなかろうか。

一方、甲賀にも、山中に忍者屋敷を移築した「甲賀の里忍術村」や、本物の忍者屋敷のからくりが分かるだけでなく、忍者に関する資料が豊富な「甲賀忍者屋敷」がある。忍術村は子ども向けにも思えるが、いかにも忍者の里というべき山奥に江戸時代の家屋がそのまま移築されているのは、伊賀とは異なる本格志向が感じられる。テレビで見るような忍者を期待する子供には、本物の忍者屋敷では不満だろうから、本格的な資料的価値のあるものの中に手裏剣投げや川渡りなどのアトラクションを入れたような感じだ。そして甲賀忍者屋敷はからくり以上に、江戸時代に甲賀者たちが記した秘伝の書、「万川集海」や忍者の道具などの本物が展示されている。

これは「エンタメの伊賀、本格派の甲賀」として引き分け勝負としておきたい。