天の造った偉大な庭、秋吉台とその活用法 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

天の造った偉大な庭、秋吉台とその活用法

石灰岩が山の一面に点在する日本最大のカルスト台地、秋吉台を展望台から見渡すと、なんとも不思議な感じだ。宇宙船で別の惑星にたどり着いたときの光景はこんな感じなのかもしれない。展望台下の石灰岩の「林」のなかを歩きながら、「これは巨大な枯山水では」、ということに思い至った。普通枯山水は外から眺めるだけだが、ここはそれぞれ個性のある岩々の間をくぐり抜けることのできる、天然にして現代的な枯山水に思えてくるのだ。

そこから車で数分下ると、秋芳洞の鍾乳洞である。庭園ではよく場面を転換する技法を用いるが、カルスト台地から鍾乳洞へ入るのはまさに場面転換だ。ぽっかりと真っ黒な口を開けている秋芳洞をくぐるときにもピンとくるものがあった。日本庭園ではしばしば入口から石段を降りたところに庭をつくるが、それはこの世からあの世に入ったという印なのだ。先ほどまでのカルスト台地がこの世とすると、秋芳洞はあの世にふさわしい。一年中14度ぐらいなので、夏は涼しく冬は暖かい。外界との違いを瞬間に感じさせるのはこの温度差と明暗だ。中は水が流れる音が聞こえる。大名庭園には田がつきものだが、ここはしばらく歩くと棚田を凝縮したかのような百枚皿が広がる。これは庭でいえば精巧な「縮景」である。さらに進むと物陰の向こうに金色に光る高さ15mにもおよぶ鍾乳石「黄金柱」が現われた。これも私にとって柱と言うよりも水を使わずに滝を表現する「枯滝」そのものだ。まるで「ドドドドド」という滝の音が聞こえそうなほどの迫力なのだ。ようやく1kmの異次元の庭の旅を終えて外に出たら、「あの世」から「この世」に戻った気持ちである。これらは何万年もの気の遠くなるような時を経て天が造ったものであり、まさに人工ならぬ「天工」だ。

ただそのクオリティのわりには鍾乳洞前の商店街は寂れている。ここだけではない。山口県内の主要観光地は、商家町の白壁の町並みに赤い金魚提灯がずらりと並ぶ柳井にしても、維新のふるさと萩にしても、観光客、特に訪日客が非常に少ない。場合によっては訪日客の間でヒットするかもしれないのにと惜しみつつ、瀬戸内海に浮かぶ周防大島の交流センターを訪れた。ここには戦後を代表する民俗学者、宮本常一記念館がある。入館すると小さな漁船や大漁旗が目に入る。そこにあるものはどこにでもありそうなものだが、そのなんでもない庶民の暮らしに価値を見いだし、それを保存しようとしたのが宮本常一だった。実に何の変哲も無いものしかないが、生前の彼は各地を訪れては自らの民俗学と農学の知識を応用し、地域振興のコンサルタントをしていた。私も通訳案内士試験に出題されたところをしらみつぶしに歩き、各地方を見てきたので、インバウンドで過疎化と高齢化により疲弊した地方の一助とならないか、考えているのも宮本常一の影響だろう。

しかし観光業というサービス業とは馴染まない土地柄もあろう。自然と共存し、自給自足を基本としつつ、それでまかなえないものは村人と交換し、それでも手に入らないものは現金で購入してきた山村の生活様式や、「殿様商売」と言われようとも、一見の客に頭を下げるより高い志と学問を重んじてきた萩のような誇り高い城下町の価値観は、客商売には合わないかもしれない。訪日客誘致という大義名分をかざされても、ありがた迷惑ということもあり得る。住民の暮らしに寄り添うことを重んじることの大切さを宮本常一に学びたい。

 

PR 5月末から通訳案内士試験道場3学期が始まります。随時ご見学承っております 

詳細はこちらまで。

また、7月初旬から通訳案内士試験直前対策「大江戸夏の陣」が開催されます。

詳細はこちら