道路にロープを張り自転車を転倒させ怪我をさせた男が逮捕された。
殺意はなかったと供述。この殺意。裁判や法律で罪の重さが変わる様なニュースをよく見る。
人を殺した、怪我させた。なのに罪は違うのか。殺意があるかないかで。
恐らく殺意があった方がそりゃあ罪が重いだろうという観点からの立法だろうが、その意味がわからない。
あくまで個人の意見だが、殺した、怪我させたには事実が全てだと思う。
人が人を裁くと唱える人もいるが、ルールを定めず誰が悪を裁くのか。
殺意などあったんだろうなぁと思う事件、ないかも知れないが結果は殺人、怪我をさせた事件は同じ罪だと思う。
現行の立法で法律を学ぶ立場なら、師に問いたい。なぜ殺意が刑の重さに加減するのか。
法律家や国や国民の総意なら仕方無いと思うが、ニュースをみたり被害者感情を思うとそうではないし、仕方無いで済まされないと思う。
5歳の子供が3歳の子供の背中を屋上から押して落とし死なせた。極端な例であるが、法律、ルールを設定するなら平等でないとと思う。
殺意や子供(少年法)は関係なく。罪は同じ。大人も子供も万人である。極端な意見は承知しているがそう感じる。
立法に携わる法律家や議員、それらを扱う人は疑問に感じないのだろうか。根本を変えれば極端だがしっくりくると感覚。
問題は冤罪がひとつあるのだろうが、今もある。どんな立法をしても扱う人間の間違いは正せない。
難しいのかなぁ。














