芦名星

こういう映画が一番難しいんだよな。
どう評価していいものか。
筒井康隆の同名小説を2010年に映画化したものであるが、おれは原作の大ファンであり、また、同様の輩が多いであろうからこそ何度も映像化されてきたともいえる。
筒井康隆という小説家は、おれの中では大きすぎる存在である。
生まれて初めて自分の意志で読んだ小説が、彼の「ミラーマンの時間」というジュブナイル。
小学4年生の時だった。
マンガ以外のジャンルの読み物でこんなに面白いものがあるのか、という当時の興奮を今でも忘れることができない。
何度も何度も何度も、擦り切れるまで繰り返し読んだ。
そのあとは一気呵成である。
「筒井康隆」と背表紙に書いてあるものはどんどん読んだ。
この作家がSF作家という肩書に収まらず、ドタバタ、スラップスティック、純文学、さらにはジャンル分け不能な超実験的な作品まで多種多様な小説を書き続けた多才な人だということは後年わかることだが、小中学生のおれにはさすがに難しい作品もたくさんあった。
例えば「脱走と追跡のサンバ」などは、いま読み返せば何でもない(もちろんいま読んでも滅茶苦茶に面白い)が、当時は読むのに非常に困難を極めた。
それでも何とか自分なりに理解したくて、何度も何度もトライしたことをよく覚えている。
この幼いころの「どうしても理解したい」という気持ちとそれを達成するための努力がその後のおれの読書人生をとても豊かなものにしてくれていると今でも思っている。
ちなみに、当ブログではある時期から筆者の一人称を平仮名で「おれ」としているが、これは完全に筒井先生の影響である。
「オレ」や「俺」ではダメなのだ。
ツツイストならなんとなくわかってくれるはずだ。
ともかく筒井先生にはいくら感謝してもしきれない。
御歳80歳になられてまだなお意気軒昂の筒井先生、無茶を言うようで恐縮ですが、おれより先に死なないでください。

「七瀬ふたたび」は「家族八景」「エディプスの恋人」とともに「七瀬三部作」といわれる作品群の2作目にあたる。
多くの方々が述べられている通り、三部作の中では比較的エンタテインメント性の高い作品であり、そのせいもあろう、皆さんご存じ「時をかける少女」と比肩するほどたくさん映像化されている。
しかしながら、「七瀬ふたたび」の映像作品を観るのはおれは今作が初めてである。
筒井作品に限らずだが、好きな小説やマンガを映像化して「良かった」もしくは「原作の世界観を壊していない」と思えるものに出会うには、これは仕方ないことだが、非常に確率が低い。
むしろ好きであればある程、腹を立てることのほうが圧倒的に多い。
さらにこの「七瀬ふたたび」の映像作品を鑑賞するに当たっては、主人公の美しきテレパス「火田七瀬」のイメージというものが鑑賞する前の高いハードルとなる。
七瀬シリーズを愛する人それぞれが「七瀬ちゃんはこんな容姿でなければならない」というイメージを強力に持っているはずだ。
七瀬ちゃんを演じた過去の女優さんを見てみよう。

多岐川裕美

多岐川裕美。なーんかちがう。きれいだけどね。

渡辺由紀

渡辺由紀。なーんかちがう。遠くなった。

蓮佛美沙子

蓮佛美沙子。なーんかちがう。なーんかな。

で、劇場版としては初になる2010年公開の「七瀬ふたたび」。
七瀬ちゃん役は冒頭にも貼り付けた芦名星。

芦名星

やっとキターーーーー!
これはかなり近い!
原作者の筒井先生も同意見だったそうだ。
クールビューティなうえに、テレパスである七瀬本人からすれば迷惑千万な「男性が見ればエロい想像をせずにおれない感じ」もきちんとあって、七瀬ちゃんのイメージとしてはかなりど真ん中ストライクに近い。
しかもなんと「七瀬ふたたび プロローグ」として本編前に上映されたショートムービーを、筒井ファンであるしょこたんこと中川翔子が監督???

てなことを思ったり知ったりして、劇場公開当時かなり触手が動いたのだが、なーんかな、結局観にいけなかった。
ウィキペディアには2010年9月公開と書いてある。
恥ずかしながら、丁度おれがカミさんと正式に離婚したのがこの時だ。
気になりつつも、行けなかったわけだ。
精神的にズタぼろな時期で、とても、映画を観る心の余裕はなかったのである。

以下ネタばれ含むので未見の人は要注意。

それから4年以上たってようやくDVDで観た。
芦名星演じる「動く」七瀬は、素晴らしかった。
美しくて、知性があって、超能力者ゆえの悲しみや仲間を思いやる優しさも十二分に持ち合わせている、おれが長年想像を膨らませてきた「完璧に近い火田七瀬」を観ることができた。
脚本は映画化されるにおいてかなり変えられており、原作の、身も蓋もない絶望的なラストも全く違うものになっているがあまり気にならない。
むしろ、なるほどこういう手があったか!と称賛したいくらいの出来栄えだと思う。
佐藤江梨子演じるタイムトラベラー漁藤子は、原作では時間をさかのぼることによって七瀬たちを多少延命させたのち死ぬという役割に留まったが、映画では藤子の時間遡行能力が、



七瀬たち全員を死なせずに済ませる
のである(パラレルワールド云々を言えば厳密には「死んでない」とは言えないともとれるのだが)。

というわけで個人的には大絶賛大満足であったわけだが、疑問は残る。
原作を全く知らない人が予備知識や先入観全くなしで観たらどうなのか、ということ。
七瀬の強力なパートナーの黒人男性「ヘンリー」を、ソフトバンクのCMのあの人が演じていることとか、七瀬たちが敵に追い詰められていく感じがやや散漫に見えることとか、吉田栄作演じる超能力者抹殺を企てる敵のラスボスの死にかたがなんとなく不自然に見えたりとか、引っかかる個所は少なくない。

というわけで、七瀬役に芦名星をあてた時点で1億点くらいあげたい映画なのだが、もろもろのマイナスがいくらか散見するので、映画史上に残る名作とはちょっと言い難いというのが総評。
これを観る人が原作の七瀬についてどのくらいの思い入れがあるかどうかで評価が分かれる作品なのかもしれない。
とにかく、原作知ってる人も知らない人もぜひ見てほしいと思う。

久々に長い文章書いちゃったなあ。
あ、忘れてた。

あけましておめでとうございます。