私にはヒミツがある。
実は、、、、
と重い口を開くタイプのヒミツと、何となく言わずにいたコトが、相手にとってはヒミツに受け取られるタイプのヒミツ。
私は残念ながら、後者の、言うのが面倒でヒミツになったことがたくさんある。
言う相手は、お婆さん顔をした夫だ。
まず、このオバGには、私がブログっていることを知らせていない。
必然、彼が休みの日、木曜日はブログらない。
Gさんの帰宅時間に合わせて、ひとりで落語会などに出かける。
岩盤浴に出かけるのも、結構煩く尋ねるので、どこそこに出かけることは必然伝えないことになる。
多分、このGさんは、猜疑心が強い。
比較対象が限定されるので、他の男性よりとは敢えて言わないけれど。
新婚当時、ジャズピアニスト10人のライブチケットに当選したので、夜の時間にひとりで出かけると、帰り道誰かに尾行されているのを感じた。感じたというより、見たし、声をかけた。
何ぞ用か。
彼らは黙って去った。
あとでわかったことだが、姑が探偵をつけていた。
この手の輩とは、関わらないほうが得策だ。
どんなに丁寧に説明しても、理解してもらえない。
Gさんは、以前よりちょっとはマシになったが、その当時の経験が今の私の習慣を形成した。
面倒だから黙っている。それに、別に責められるべきことは何もしていない。
多少の娯楽は、忙しい家事の息抜き、だ。
ところで、黙って相手に知らせていないコトが知られると、どうなるか。
私は何でもないように事の次第を話すが、良心の呵責がある人は必ず嘘をつく。
嘘とは面白いものだ。
相手を傷つけないためにつく嘘より、自己防衛のためにつく嘘の方が圧倒的に多い。
嘘とは、読んで字の如し、つくりごとなのだが、相手とやり取りをしている過程で、あたかも真実のように感じられていくのである。
嘘が真実になることは、必死で嘘をついた人なら経験していることだと思う。
支離滅裂で、バカバカしい、真実にしたい、が、あくまで虚偽。
何度もお目にかかり、私自身も披露した(と思う)、多分死ぬまでにまだまだ遭遇しなきゃならないんだろう。嘘。
願わくば、遠慮したい。
面倒なだけでなく、嘘をついていると思われたくないので、黙っているというのも私にはあるのかな。
しかし、どうしても話さなければならない時はあるのだよ。
夜遅くなるときとか、家を何日かあける時とか。
今回はGさんに説明しないといけない、ひとりでバス旅行に行くことを。
「Gさん」、と呼びかけると、マジマジと顔を見つめられた。
そして手に持っている雑誌と交互に見比べられて、Gさん、やにわに大爆笑。
「これ、あんた。」
確かに似ている。格好まで同じだ。
涙が出るまで大笑いさせて、やおらバス旅行のことを切り出すとあっけなく、OK。
これからは、この手でいくべ。
と、ひとりほくそ笑む私であった。
