老健に入所している94歳の母が、蜂窩織炎のために入院したのは3月末のことでした。
それからの数週間、私の心は激しく揺れ動きました。
せん妄なのか、認知症が進んだのか。
夜中に騒ぐという理由で個室に移され、点滴を外さないよう拘束具をつけられた母の姿。
話もかみ合わず、母が壊れていくような気がして、悲しさと不安が何度もこみ上げました。
「もっと一緒にいてあげられたはずなのに」と、施設に預けた自分を責める日々が続きました。
けれど、日に日に熱が下がり、腫れが引いていくにつれ、母に変化が訪れました。
面会に行くと、満面の笑みで「会えて嬉しい」と言ってくれるようになったのです。
「本当に良い子で、私は幸せだよ」という言葉。アロマでマッサージをすると「気持ちいいよ」と喜んでくれる声。
帰り際には「いってらっしゃい」と手を振って見送ってくれました。
記憶や認知の状態が完全に元に戻ったわけではありません。
それでも、高齢でありながら急な病と闘う母は、懸命に頑張っていました。
その姿を見ているうちに、気づいたことがあります。
母は今、自分の人生で一番好きだった時代に戻っているのだと。
年を重ねても生き生きと働き、旅行に出かけ、誰とでも楽しそうに話をしていたあの頃。
旅行先で騒ぎすぎて声を枯らしていた、あの母です。
人はこうして、自分の心を守るのかもしれません。
壊れていくのではなく、自分が一番安全でいられる場所を探している——。
そう思った瞬間、目の前の母が「壊れていく人」ではなく「懸命に自分を生きる人」に見え、私の中に静かな力が湧いてきました。
この2週間、毎日声をかけ、顔を見つめ、手を握り、体に触れてマッサージをする。
それは私にとって、何物にも代えがたい幸せな時間でした。
施設の画面越しでは叶わなかった、直接触れ合える温もり。
この出来事は、神様がくださった贈り物だったのかもしれないと感じています。
今も不安や心配が消えたわけではありません。
けれど、その感情が湧くたびに「私は今、そう感じているんだね」と自分を認め、私と母に愛を送ろうと思います。
大丈夫。
私たち親子には、それぞれに学ぶべきことがあり、それを乗り越える力が備わっています。
その力を信頼して、私は私にできることを、精一杯していこうと思います。