本日はちょっと「分りにくい映画」。
 
  
「私たちの身にも起こりうる人と人とのトラブル」
 
 
について考えさせられる映画です。
  
 
まずはビジュアルはコチラ(*゚▽゚)ノ
  
DOWN IN THE VALLEY

白馬に乗るカウボーイと少女。
 
 
なんだか「フツー」の映画っぽくないですか?

 
私がこのポスターを見た最初の感想は…
 
 
「女の子向けのラブロマンス映画?」
 
 
…そんな感じしませんか?
 
 
けれど実はこの映画、一筋縄ではいかない「病んだ人々」の映画なのです。
 
 
主人公(一応)は、このポスターの女の子。
 
名前をハーレンといいます。
 
 
彼女は思春期の女の子。
 
お父さんと弟と一緒に住んでいますが、なぜか母親はいません。
 
 
お父さんとの仲はあまり良い状態とはいえません。
 
 
夜中に女性とイチャイチャしているお父さんに嫌悪感を覚えるはハーレイは、何かと父親に突っかかります。
 
このあたり『冷たい熱帯魚』の親娘関係にちょっと似ていますね( ̄Д ̄;;
 
 
警官をしている父親はあまり家にはおらず、結果的に弟の世話は、いつもハーレイが行うことになります。
 
 
その上父親は、どうも弟の弱い性格が好きではないらしく、気の強いハーレイのことは気にしていても、弟にはあまり関心を持っていません。
  
 
う~ん。
 
この家族、ちょっと「壊れかけ」ですね。。。
 
 
そんなある日、ハーレイは一人のカウボーイに出会います。
 
 
彼はガソリンスタンドでバイトをしていた気のよさそうな青年。
 
 
純粋そうな眼となつっこい笑顔の青年に、ちょっとちょっかいを仕掛けた彼女でしたが、青年の優しさや暖かさに触れ、あっという間に「恋」に落ちます。
 
 
「孤独な少女」と「優しい青年」の純愛
 
 
なんだかいい感じですね(*´∇`*)
 
 
けれど、彼には「表面には見えない性格」があったのです。
 
 
彼はいわゆる「サイコパス」
 
「嘘をついても、自分自身で嘘をついたと自覚できない人」だったのです(@ ̄Д ̄@;)
 
 
彼が語る「自分の過去」「街の知り合い」「これからの夢」。
 
 
これらはみんな「嘘っぱち」であることが、映画を観ている私たちには早々に分ってくるのです。
 
 
彼は『真夜中のカーボーイ』のジョーと『タクシードライバー』のトラビスを足して二で割ったようなキャラ
 
…あ ぶ な い です。
 
 
けれど彼女は、そんな不安がよぎったとしても彼と離れるのに躊躇します。
 
理由は「今が幸せではない」から。
 
 
けれど彼女の好意は、彼をより混乱させ、破綻した人生へと歩ませていくのです。
 
 
 
主人公のハーレイは、普通の女の子であるけれど問題を抱えています。
 
カウボーイの青年は、問題を抱えていますが悪い人間とは言い切れないところもあります。
 
ハーレイの父親は、悪いところもありますが、娘と弟を愛し大切にしたいと考えています。
 
弟は弱いところもありますが、強くなりたいと願い、自分から行動することだってできます。
 
 
登場人物全員が、決して「良い」訳ではありませんが「悪い」訳でもありません。
 
 
けれど、だからこそトラブルは起こるのであり、それこそが「人生」というものなのかもしれません。
 
 
この映画にはスッキリするようなオチは用意されていませんが、眼を覆うような悲劇も訪れません。
 
 
人は出会い、誤解し、愛想とし、信じ、慕い、裏切られ、邂逅し…
 
…そしてどうして行くのでしょう?
 
 
映画のラストは、この映画のラストというより「こうやって人生は続く」というような私たちへの投げかけとなっています。
 
 
不思議に「心に引っかかる」のは、私たち自身も常に他者との関係に一喜一憂する人間だから。
 
 
「楽しむ映画」というよりは「こういう問題について考える基点となる映画」だと思うのですヽ(=´▽`=)ノ
 
 
おまけ→他のビジュアルでは「なんだか問題のありそうだな」と思わせるポスターもあります。
 


 
 
ではまた(*゚▽゚)ノ