かつてカミュが不条理を描いて『異邦人』という小説にし、ノーベル文学賞を受賞しました。どうしてそのような悲劇の人生となるのか、一般的に理解不能でした。その謎を解いていたのが仏法の過去からの因縁ということだったのでした。本来無一物ですが、色々とあるのは、過去に自分が種を蒔いていたのでした。つまり、悪を実行していたのです。それは種ですから、再び芽を出し、花と咲き、結実します。つまり、理不尽な結果を見ることになるのです。しかし、過去に自分がそれをしていたのでした。それが帰って来ているだけなのでした。そして大切だったのは、その種を二度と蒔かないことだったのです。それができるのは、それを過去に行為した本人しかいなかったのです。これが仏法の因縁ということの意味だったのです。このメカニズムがわからないのでした。それで、何かあると人を悪く思うのです。これがまた、新たな因縁となるのでした。ここに気付くと、何があっても自分だったんだ、と思えるようになります。だんだんと、人を悪く思わなくなります。これが仏道を歩むということでした。やがて仏と邂逅します。いよいよ、明らかとなりました。これからです。時代はそのように進んでいたのでした。そして、魂は不滅でした。気付いて始まるのです。こうした生き方ができるようになることが、幸せだったのでした。困ることは一切、現象とならなくなっているからです。