グリム童話の『星の銀貨』は、貧しい少女にパンと着物を或る人が施してくれたのに、餓えた男と少女が出逢い、貰った全てのパンを男に与えてしまう。それから寒さに震える少年と逢った少女は、貰ったフード付きの着物を与え、その後も貧しい男の子と出逢い、自分の着物の全てを施す少女に、聖者と天使たちは星を銀貨にして天から降らせて少女に与えるお話である。
同じくグリム兄弟のお話で、大昔の夜には月も星も無い時代のことで、四人の職人が修行の旅に出ていて、ある国でカシワの大木に光を出す珠を見つける。これは村の街灯として使われている「お月さま」であったとさ・・・・・・。
この「お月さま」を四人の男たちは自分の国へ持ち帰った。やがて男たちはお爺さんになり、一人が死んでは四分の一づつ、「お月さま」を墓へ埋葬してもらうことになる。やがて四人とも死んで村は暗い夜に戻ってしまう。
ところが地中の死の国は明るくなったので、死人たちは皆目覚めて、広場や酒場に集まって騒ぎ出し、酒を飲んでは喧嘩をする始末となり、まるで村はゾンビの世界と化すのであった。
天国の番人である聖ペトルスはこの死の世界での騒ぎを聞きつけて、馬上馳せ駆けて黄泉へと赴き、死人たちを懲らしめて、墓のベットに寝かしつける。そして、「お月さま」を天上へ持ち帰り、天にぶら下げておくことにしましたとさ。
さて、西欧では大昔から口承により民話が伝わり、これらをグリム兄弟は集めてまとめて文にして、「グリム童話集」としました。グリム兄弟は民話を編纂しただけですが、お月さまとお星さまには詩人の想像力を大きく刺激する冷めた輝きを発光する力が隠され秘められております。
詩人だけではなく音楽家や画家などあらゆる芸術家にも、その力は魅惑的な輝きかたで光る夜の隠者の如く思索を超える神秘なざわめきを付与したりもします。それ以上に太古から夜を支配する神々しいエネルギーを静かに闇のなかに湛えていたりもします。
さてさて、古今東西、月の物語をあみだした詩人なり作家の文で印象に残る作品でドンナ物語を皆さんは思い出しますか?・・・・・・ボクはまず明恵上人の『月輪歌抄』にある最後の歌を思い浮かべる。
「あかあかやあかあかあかやあかあかや あかあかあかやあかあかや月」
「あか」は漢字の赤ではありませんヨ・・・・・・、月の輝きを表す明かりを「あか」と言葉をアブストラクトの如くに偏執的に並べた月の歌なのである。これだけ夜の明るさを執拗に語呂とされると、お月さまに余計な語彙や美辞麗句の修辞をもっての構文をくみたてる気力は、とりあえず言葉にする勢いを失せるであろうネ。
ほかにお月さまの物語で、宮沢賢治の『二十六夜』も好きなお話しだし、オスカル・パニッツァの『月物語』もボクはお好みである。村上春樹の『1Q84』も二つのお月さまもある世界のお話しであったネ。月の物語をここに羅列すれば古今東西の戯作者を星の数ほどあげなければならないであろう。
そこで、1900年生まれで73年に没した本邦の大文学者タルホ入道こと稲垣足穂は、『一千一秒物語』に夥しいお月さまとお星さまのお話を展開しておりまして、そこで二編だけ本日はご紹介しておきましょう。
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<ポケットの中の月>
ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた 坂道で靴のひもがとけた 結ぼうとしてうつ向くとポケットからお月様がころがり出て 俄雨にぬれたアスファルトの上をころころころころとどこまでもころがって行った お月様は加速度でころんでゆくので お月様とお月様との間隔が次第に遠くなった こうしてお月様はズーと下方の青い靄の中へ自分を見失ってしまった
<星を食べた話>
ある晩露台に白ッぽいものが落ちていた 口へ入れると 冷たくてカルシュームみたいな味がした 何だろうと考えていると だしぬけに街上へ突き落とされた とたん 口の中から星のようなものがとび出して 尾をひいて屋根のむこうへ見えなくなってしまった
自分が敷石の上に起きた時 黄いろい窓が月下にカラカラとあざ笑っていた
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ボクが大のお好きに入りのお月さま作家はタルホ入道でありますが、西欧のお星さま作家のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリのお話よりもお気に入りである。或る市井の小母さんがタルホ入道の姿を見て・・・・・・「なんてキタナイお星さまでしょう」と、述べたと伝わるもお話も聞き及ぶが、それは稲垣足穂の風体のことであり、作品の物語とは全く関連性の無い感覚的な風聞であり伝聞として伝わる。
月と星への偏執を強く感じる作風のタルホ入道の詩(メルヘン)のような物語の『一千一秒物語』は、「人間」という概念を否定したことから始まるメルヘンなのである。タルホ入道は人間嫌いで、天体、宇宙論、オブジェ、飛行機、少年愛などの概念から、思想やフェティシズムを屈指して、ユークリッド幾何学からダンセイニの妖精譚まで含めた文学を収斂して展開している日本では奇妙な作家である独自な存在なのである。(了)