ナポリの詩人はジャンバチスタ・バジーレ(1575-1632)の著書、『ペンタメローネ』は、西欧に伝わる童話集のさきがけである。この中に所収されている「太陽と月のターリア」は、西欧に旧くから伝承される「眠り姫」を題材にしている。・・・・・・以下がそのお話の大筋。
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昔むかし、一人の王がおりました。娘のターリアが生まれた時、王は国中の賢者や魔術師を呼び集めて娘の未来を占いました。占い師たちは何度も相談を重ねてから、「亜麻の繊維に混じった棘がこの子に大きな災いをもたらすでしょう」と告げました。そこで王は何とか災難を免れようと思い、「亜麻も大麻も麻の類は一切 我が館に持ち込んではならぬ」と厳しい命令を下したのです。
ところが、ターリアが大きくなったある日、窓辺に立っていると、外を糸紡ぎのお婆さんが通っていきました。ターリアはそれまで糸巻き竿や紡錘(つむ)を見たことがありませんでしたし、くるくる踊っているところがとても面白そうでしたので、好奇心に駆られてお婆さんを呼び入れ、糸巻き竿を手にとって糸を縒り始めました。その途端、麻に混じっていた棘が爪の間に突き刺さり、たちまちターリアは床に倒れて、意識を失った。いや、ターリアは死んだのです。これを見ると、お婆さんは階段を駆け下りて逃げていきました。
姫を失った王は悲しみに暮れて、森の奥にある狩りの館にターリアを運んで、その館の寝室に葬り、森の館へ二度と訪ねることはありませんでした。さてさて、それからしばらく経ったある日のこと。この辺りに別の王が鷹狩りにやって来ましたが、王の鷹が例の館の窓から中へ飛び込んでしまいました。いくら笛を吹いても呼んでも出てこないので、王は館の門を叩かせました。しかし、誰も出てきません。王はぶどう蔓の梯子を持ってこさせて門を乗り越え、中の様子を自分で調べ始めました。全く人気がないのに驚きましたが、とうとうターリアの眠っている部屋にたどり着いたのです。
王はターリアが眠っているのだと思い、声をかけました。ところが、いくら呼んでも揺すっても目を覚ましません。
「それにしても、なんて美しい娘なのだろう」
眠っているターリアを見るうち、王の胸に恋の炎が燃え上がりました。王はターリアを腕に抱いてベッドに運ぶと、存分に愛の果実を味わいました。それから、ターリアをベッドに寝かせたまま自分の国に帰り、それっきりこの出来事を忘れてしまったのです。
そして、その後、ターリアは双子を産み落としました。とはいっても、相変わらず眠ったままです。双子は男の子と女の子で、光り輝く二個の宝石のようでした。屋敷に何処からとも無く現れた二人の妖女の手で、子ども達は甲斐甲斐しく世話を受けました。
そんな、ある日のこと、子供たちはまた乳が飲みたくなって母の乳房にあてがわれましたが、その一方がなかなか乳首を見つけられず、代わりに母の指をつかんでチュウチュウ吸っているうち、とうとうあの麻の棘を吸いだしてしまいました。その途端にターリアは深い眠りから覚めました。
そして自分の側にいる二人の可愛い赤ん坊に気づくと、しっかり抱きしめて、乳を飲ませて自分の命と同じくらい大切にしましたけど、どうしてそんなことになったのかさっぱり解りませんでした。というのも、屋敷の中には自分と赤ん坊しかいませんし、食べ物などを運んできてくれる妖女の姿はまるで目に見えなかったからです。
時が過ぎて、王はふと、森の館で眠っていた美しい娘との情事を思い出しました。そうして久しぶりに訪ねてみますと、ターリアが目覚めていて、男の子の太陽(ソーレ)と女の子の月(ルーナ)の可愛らしい双子まで生まれているのに驚き、ターリアに事の次第を説明しました。ターリアもすっかり王が気に入って、二人は数日の間、館で一緒に過ごしました。そして王が立ち去るときには、今度来るときは国に連れて帰る、と約束したのです。
それ以来、王は美しい愛人と可愛い双子をこよなく愛しました。国に帰っても、起きて寝るまでターリア、ソーレ、ルーナばかりが気がかりでひと時も頭から離れません。こんな次第に、はらわたを煮えくり返らせたのは王妃でした。前々から、王が狩りと言っては数日間留守をするのを怪しいと思って気がかりにしておりました。
王妃は或る日、大臣を呼んで言いました。
「お前は門柱と扉のように”対になるもの”なのだから、私か王か、どちらに仕えるのか選ばなくてはなりません。王の愛人がどこの誰なのか、教えてくれたなら金持ちにしてあげましょう。けれど隠しだてするなら、この先 日の目は見られなくなるものと心得なさい」
大臣はすっかり王妃に秘密を打ち明けました。そこで王妃は大臣を王の名においてターリアの館に遣わし、「王が子供たちに会いたがっておられます」と伝えさせました。嘘とも知らないターリアは大喜びし、早速子供たちを送り出しました。
王妃は子供たちを手に入れるやいなや魔女の如く嫉妬に狂い。
「子供たちの喉を掻き切って、細切りにして、ソースで煮て、王の食卓に載せておくれ!」
けれども、料理人は心の優しい男でした。彼は金のリンゴのように愛らしい双子を見ると可哀想でたまらなくなり、双子を自分の妻に匿わせてから、山羊を二頭殺して、それで百種もの料理を作りました。
王はこの料理を食べると、「美味い、我が母の命にかけて、我が祖母の魂にかけて、実に美味い!」と絶賛しました。王妃は「どんどんおあがりなさいませ、あなた自身のものを食べておいでなのですから」と言いました。あんまり何度もそう言うので、しまいに王は不機嫌になり、そうそうに寝室へ引きこもりました。
王妃は自分がしたと思っていることに まだ満足せず、もう一度大臣を呼びつけると、今度はターリアを呼び寄せました。ターリアは目に入れても痛くない子供たちに会いたい一心で、恐ろしい目論見のことも知らずに城にやって来ました。ターリアが目の前に連れ出されると、王妃は憤怒の表情で言いました。
「ようこそ、でしゃばりの奥様。なるほど、そなたが私の夫の気に入りの花というわけですね。・・・このメス犬! 地獄に堕ちて、私の苦しみを味わうがいい!」
ターリアは弁解しました。「私が誘惑したのではありません、眠っている間に王様の方から押し入ってこられて・・・」と、けれども王妃は聞く耳を持たず、「城の中庭に大きな焚き火をして、この女を放り込め!」と、命じたのです。
哀れなターリアは、王妃の前にひざまずいて懇願しました。せめて、着ているものを脱ぐだけの時間をください・・・と、王妃は承知しました。
・・・・・・というのも、ターリアは燃やしてしまうには惜しいような、金と真珠で刺繍した素晴らしいドレスを着ていたからです。ターリアは脱ぎ始めましたが、一枚脱ぐたびに叫び声をあげました。服を脱ぎ、スカートを脱ぎ、胴着を脱ぎ、ペチコートを脱ぎかけたとき、とうとう地獄の灰汁の大鍋に投げ込むべく、家来たちに引きずられはじめました。
その時、騒ぎを聞きつけて、王がやってきたのです。王はこの有様を見、子供たちはどうなったのか、と王妃に尋ねました。王妃は王の裏切りをなじって言い放ちました。
「あなたに、あの子達の肉を食べさせて差し上げたのよ!」
「なんだと! 我が子羊を食った狼がこの私だと!・・・おぉ~、なぜ我が血は我こそ子供たちの血の源だと自覚しなかったのか!。・・・おぉ~、残酷な裏切り者め、お前がこのような野蛮な行いをしたというのか。さあ、行け、罪の報いを受けるのだ。お前のような醜い魔女は闘技場でライオンに食わせるまでもないわ!」
王の命により、王妃と大臣は、ターリアを投げ込むための焚き火に投げ込まれました。それから、王は子供たちを料理した料理人をも同じ目に遭わせようとしましたが、料理人は王の足元に身を投げ出して言いました。
「確かに、そのような仕業の報いには相応しい処罰です。私のような身分の者には王妃様の灰と混ざることも光栄かと思われます。・・・けれども、忌まわしい企みからお子様方をお救い申し上げたのも私なのですから、そんな褒美はまっぴら御免こうむりません」。
これを聞いた王は狂喜し、それが本当なら、もう台所仕事などさせず、存分に褒美をやろうと言いました。その時には、夫の苦境を見て取った料理人の妻が、もう子供たちを連れてきていました。王は子供たちとターリアに一人ずつ口づけをして、料理人にたっぷりの褒美を与え、御寝所番の頭に取り立ててやりました。
そして、ターリアは王妃となり、子供たちと共に末永く幸せに暮らしましたとサ・・・・・・、とっぺんぱらりのふぅ~。