リヒャルト・ワーグナー(1813-83)が1857年は『トリスタンとイゾルデ』の台本を完成させて、このオペラを1859年にスイスで書き上げたのが、後期第一作と呼ばれる作品。初演は1865年当時の南独逸バイエルン国の首都ミュンヘン、王立国民宮廷劇場にて行われた。
ワーグナーは1854年にショーペンハウアーの『意志と表象の世界』を読むに及び、厭世哲学の意志否定思想に感銘を受けて、これを自らの恋愛に反映させて楽劇『トリスタンとイゾルデ』を作品化した経緯がある。それは愛とは永遠に渇望するものであり、その究極は死であるというエロティシズムをオペラ化した訳である。
このワーグナーの楽劇のエロティシズムの情念と思想を三島由紀夫は自ら製作した『憂国』で、ワーグナーの楽劇のアリアを全編に音楽としたが、このことは既に今年の4月7日にこのブログで紹介したので省略するが、このワーグナーの曲、「トリスタンとイゾルデ『愛の死』」がつかわれた映画で思い出深い洋画は、1988年に公開されたオムニバス映画で『アリア』が印象的である。
この映画は・・・・・・
[原題]Aria
[製作国]イギリス
[製作年]1987
[配給]松竹富士
スタッフ ・監督: Nicolas Roeg ニコラス・ローグ
Charles Sturridge チャールズ・スターリッジ
Jean-Luc Godard ジャン・リュック・ゴダール
Julien Temple ジュリアン・テンプル
Bruce Beresford ブルース・ベレスフォード
Robert Altman ロバート・アルトマン
Franc Roddam フランク・ロダム
Ken Russell ケン・ラッセル
Derek Jarman デレク・ジャーマン
Bill Bryden ビル・ブライドン
<解説>
世界有数の音楽家によるアリアを10人の監督たちがそれぞれ自分のテーマにそって選んで描いた10篇から成るオムニバス映画で、製作はすべてドン・ボイドによる作品。
①〈仮面舞踏会〉ヴェルディ作曲のメロドラマ・オペラ。監督は「マリリンとアインシュタイン」のニコラス・ローグ、撮影はハーヴェイ・ハリソン、編集はトニー・ローソンが担当。出演はテレサ・ラッセルほか。
②〈運命の力〉ヴェルディの宗教的な作品をチャールズ・スターリッジが監督。撮影はゲイル・タタソール、編集はマシュー・ロングフェローが担当。出演はニコラ・スウェイン、ジャック・カイルほか。
③〈アルミードとルノー〉フランスの十字軍の騎士ルノーとアルミードの運命を歌ったリュリーのアリアを「ゴダールの探偵」のジャン・リュック・ゴダールが監督。撮影はカロリーヌ・シャンペティエ、編集はゴダール。出演はマリオン・ピーターソン、ヴァレリー・アランほか。
④〈リゴレット〉放埒な公爵に娘をもてあそばれた道化師リゴレットの復讐を描いたヴェルディのヒット・オペラをジュリアン・テンプルが監督。撮影はオリヴァー・ステイプルトン、編集はネール・アブラムソンが担当。出演はバック・ヘンリー、アニタ・モリスほか。
⑤〈死の都〉亡き妻の幻に縛られている男をテーマにしたコルンゴルトのアリアをブルース・ベレスフォードが監督。撮影はダンテ・スピノッティ、編集はマリー・テレーズ・ボワシュ、美術はアンドリュー・マッカルパインが担当。出演はエリザベス・ハーレイほか。
⑥〈アバリス〉ラモーのアリアを「フール・フォア・ラブ」のロバート・アルトマンが監督。撮影はピエール・ミニョー、編集はアルトマン、美術はスティーヴン・アルトマンが担当。出演はジュリー・ハガティ、ジュヌヴィエーヴ・パージュほか。
⑦〈トリスタンとイゾルデ〉 監督はフランク・ロッダムで、ザ・フーのLP“四重人格”をもとに「さらば青春の光」を監督したことで知られている。
⑧〈トゥーランドット〉中国の皇帝トゥーランドットをテーマにしたプッチーニのアリアを「狂えるメサイア」のケン・ラッセルが監督。撮影はガブリエル・ベリスタイン、編集はマイケル・ブラッドセルが担当。出演はリンジ・ドリュー、アンドレアス・ウィスニュースキーほか。
⑨〈ルイーズ〉シャルパンティエのアリアを「カラヴァッジオ」のデレク・ジャーマンが監督。撮影はマイク・サウソン、編集はピーター・カートライト、アンガス・クックが担当。出演はティルダ・スウィントンほか。
⑩〈道化師〉レオンカヴァルロのアリアをビル・ブライドンが監督。撮影はガブリエル・ベリスタイン、編集はマリー・テレーズ・ボワシュが担当。出演はジョン・ハートほか。
<物語>
〈仮面舞踏会〉1931年、ウィーン。アルバニアのゾグ王(テレサ・ラッセル)はオペラ・ハウスに公式訪問中、美しい男爵夫人(ステファニー・レーン)と熱い視線を交わす。舞台を満たす華やかな仮面の人々。やがて、オペラを見終え、出口へ向かう王と従者たち。次の瞬間、待ち構えていた数人のアルバニア亡命者から発射される銃弾で、その場は血の海と化すのだった。しかし、倒れた人々の中に王の姿はなかった。
〈運命の力〉クレモナの聖堂の祭壇の上の聖母マリアと御子の絵画。絵画の中の御子は聖母に救いを求めるように聖母の視線を追う。3人の子供たち、ケイト(マリアンヌ・マクローリン)、マリア(ニコラ・スウェイン)、トラヴィス(ジャック・カイル)は学校をさぼり、ドライヴを始める。やがて3人の車はパトカーに追跡され、後には散乱し燃えた車の破片が……。
〈アルミードとルノー〉時代は現代。スポーツ・センターで身体を鍛えている若者たち。掃除に来た娘は一人の若者に魅せられる。彼は彼女の存在に気づかない。この時、彼女の中にアルミードと同じ怒りがわき、彼の背にナイフをかざすのだった。 〈リゴレット〉中年の映画プロデューサー(バック・ヘンリー)が、スウェーデン女優(ビヴァリー・ダンジェロ)をアメリカのマドンナ・インに連れていく。このホテルにはそれぞれの部屋にテーマがつけられている。たとえばネアンダルタール・ルームなら、岩穴が型どられた部屋というように……若い男を連れたプロデューサー夫人(アニタ・モリス)がなんと、そのホテルにやってきた……。
〈死の都〉ベルギーのフルージュに住む男(ピーター・バーチ)は亡き妻が忘れられない。この町自体、死の雰囲気を漂わせ、彼はその呪いに縛られている。ある日彼女にそっくりなダンサーに会い、家につれてくる。そして、かつて妻の演奏に合わせて歌ったリュートを贈る。
〈アバリス〉18世紀には、一般人が料金さえ払えば、動物園に動物を見にいくように精神病院を見学することができる。貴族の気まぐれの楽しみのために、患者たちがオペラに参加させられることもあったのだ……。
〈トゥーランドット〉自分を縛っている邪悪な惑星土星の輪から少しずつ逃れようとする若い女性。彼女は神官と3人の巫女たちによって体の様ざまな部分に夥しい宝石がつけられていく。 〈ルイーズ〉シャルパンティエのアリアを「カラヴァッジオ」のデレク・ジャーマンが監督。撮影はマイク・サウソン、編集はピーター・カートライト、アンガス・クックが担当。出演はティルダ・スウィントンほか。恐ろしく年をとったレディ(エイミー・ジョンソン)が舞台でカーテン・コールを受ける。今、彼女の脳裏には若かりし頃の自分(ティルダ・スウィントン)の愛の日々が甦ってくる……。
〈道化師〉道化師(ジョン・ハート)は、舞台に上り、自分の人生をふり返る。舞台で演じる役と実像が重なる彼……。
〈トリスタンとイゾルデ〉愛と死をテーマにしたリヒャルト・ワグナーのオペラをフランク・ロッダムが監督する。撮影はフレデリック・エルムス、編集はリック・エルグッドが担当。出演はブリジット・フォンダ、ジェームス・マザーズほか。撮影場所はラスヴェガス。ネオン煌めくベガスの街並みのホテルの一室で若い2人(ブリジット・フォンダ、ジェームズ・マザーズ)が愛を交わし、バスルームで手首を切って心中する物語をMTV
風に映像としている。主演の女優はジェーン・フォンダの娘で、当時22~23歳の美しい無垢な瞳をしていた女優で印象的。
この映画は、所謂、オペラのMTVであり、アリアのミュージック・テレビジョン的な演出であるオムニバス映画なのである。