偏愛映画音楽秘宝館 その7『鬼火』エリック・サティ | 空閨残夢録

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デカダンよりデラシネの戯言







 ルイ・マル監督の作品で、1963年(日本では1977年公開)の『鬼火(Le Feu Follet)』は、ピエール・ドリュ=ラ=ロシェルの小説『ゆらめく炎(Le Feu Follet)』を原作にしている。これをルイ・マルが脚本化しているのだが、モーリス・ロネ演じるところの主人公アラン・ルロワとは、ダダイストのジャック・リゴーをモデルとしている。



 ジャック・リゴーは、アンドレ・ブルトンと交流があり、マン・レイの映画にも出演していたが、アルコール中毒で4年間パリ郊外の病院に入院する。その後、完治後にピストルで心臓を打ち抜いて自殺をはかる詩人にして小説家。



 映画はジャック・リゴーと思わしき男の自殺に至るまでの48時間を映像化している。そして、この黒白の映像にエリック・サティの『グノシェンヌ』と『ジムノペディ』が効果的に使われているのが秀逸な印象を与える作品。



 ルイ・マル監督の音楽センスは『死刑台のエレベーター』でマイルス・ディビスを起用したり、『恋人たち』ではブラームスの「弦楽六重奏曲第一番」を効果的に映像と絡ませた巧みな業でもうかがえるのだが、当時、評価の芳しくなかったサティのピアノ曲を見事に映像化しているのが拍手喝采を送りたい。



 日本ではこの映画の公開は遅かったが、この映画が公開されてから、サティの音楽も一機に本邦で注目されることになる。1980年代に入るとサティの『ジムノペディ』が日本のテレビでコマーシャルに頻繁に使用されることにもなる。


 エリック・サティも、ジャック・リゴーとともに、アンドレ・ブルトン、ジャン・コクトー、ルイス・ブニュエル等と同時代人の芸術家たちであり親交が深かった。サティの『グノシェンヌ』は1番、2番、3番があり、総じて「3つのグノシェンヌ」と呼ばれている。



 この曲は1890年に書きあげられたもので、異国的な旋法などの効果的な使用により、独特なエキゾティックな雰囲気を静かに沈黙の彼方から響く旋律を有する。第1番は「ゆっくりと」と記されているて、第2番は「驚いて」とあり、第3番は更に「ゆっくりと」記された作品として成るが、1番はジャワの舞踏、3番は聖ジュリアン・ル・ポール寺院で耳にしたギリシアの合唱から、それぞれ着想されたという。


 『ジムノペディ』も同じく、第1番「ゆっくりと悩める如く」、第2番「ゆっくりと悲しげに」、第3番「ゆっくりと荘重に」と記された1888年に書きあげられた作品。ドビュシーが第1番と第3番をオーケストラのためにアレンジしたことは有名。



 この初期のサティの作品である「3つのジムノペディ」は古代スパルタの神々を讃える祭典、ジムノペディアに因んで作曲されたと伝わる簡素な旋律美に幻想的な芳香が淡く漂う曲である。サティの音楽性はその指標として古代の音楽を探索し復元する作業でもあった。



 また沈黙と暗闇の底から拾い上げたようなその音源には、映画『鬼火』の主人公の内面と魂の深淵とも通じるものを感じさせるせいか、映画のなかで静かに息づいている音色が映像を強くひきたたせている。






 


 さて、ジャック・リゴーの最後の詩であり、また遺言ともいえる言葉を最期に以下へ載せておこう。





  僕は死ぬ 君に愛されず 君を愛さなかったから

  互に愛が緩んだから

  死ぬことで 僕の烙印を君に残そう