会員制男性同性愛者の会“アドニス会”の雑誌、「ADONIS」そして別冊「APOLLO」5号が刊行されたのが1960(昭和35)年10月のことである。この会員制の機関紙別冊号に〈榊山 保〉という名義で『愛の処刑』という小説が発表された。後に、この小説『愛の処刑』は1973(昭和48)年5月号の「薔薇族」に公表されている。
この『愛の処刑』は三島由紀夫の変名小説として、アンダーグランドでは噂されていたが、しかし、2005年には故・中井英夫の関係者から、三島由紀夫の自筆ノートで下書きが公開されて、今では新潮社の『決定版・三島由紀夫全集・補巻』に収められている。
三島由紀夫が書いたとされるアンダーグランドな小説は、その当時、三島が書いた原稿を、三島の公私ともに親しい友人の手で、三島の面前で複写された。三島の筆跡による元原稿は一枚ずつ書き写されると、その場で破り捨てられたという。
こうして筆跡を消し、しかも新仮名に改められた小説は、三島の独特なレトリックも用心深くのぞかれたのだが、しかし『愛の処刑』だけが奇跡的に残って全集にこの度まとめられた訳である。
この小説は学校の体育教師が生徒を処罰のために雨の中を外に立たせたことで、この生徒が肺炎で亡くなってしまう。体罰による、その30代半ばの独身である謹慎中の教師宅へ、死んだ生徒の友人が或る日訪ねてくる。訪れた美少年は教師に切腹を要求する。そして教師は罪の意識からその要求をのむ。
美少年は切腹の際に白いランニングシャツに白い運動ズボンを着用することも望む。そして切腹が始まると美少年は逞しい教師に恋情を抱いていたことを告白する。白い運動着姿で、逞しい筋骨に玉の汗を浮かべて、血に塗れていく姿を見たかったことも告白する。教師が息絶えるまで悶絶する姿を見て、死後硬直が来る頃に、少年は服毒自殺のために容易した青酸加里を仰いで、教師の死体に重なることを夢想しながら、苦痛と涙に溢れた教師を見つめつづける。
この小説は血まみれの同性愛という形から、やがて日本の伝統的様式美にのっとり、夫婦の愛、公的な死、三島由紀夫の美学を映像化した1966年の映画『憂国』に結晶化される。また、1969年公開の五社英雄監督の作品『人斬り』のなかで、薩摩藩士のテロリスト田中新兵衛役での切腹の場面では、壮絶な鬼気せまるあまりにもリアルな名演技には驚かさられるが、やがて東京市ヶ谷陸上自衛隊東部方面総監部に至り、割腹自決する予行演習にも、今はふりかえるとそのように見えてくる。(つづく)