怒濤の12月ももう終わりが見えてきた。

先月のフィリピンからの流れでものすごく忙しく

気づけば今日という状態でブログの更新もできず。

トレードの方は

12月は全然張り付く時間が取れなかったにもかかわらず

ハイボラが続いてくれたおかげでなんとか収支は維持できている。

3週目から参戦し今年1のペースで増え続けたは良いが、18日にボコボコにやられ、取り戻して

クリスマスという感じ。もう今年はほぼ終わりだがトレードはまた別の機会に。

 

 

 

フィリピンでは250足のオリジナルナイキシューズを

山の中に住む靴を持っていない子供たちへ寄付をした。




その流れでダバオの議会に出席し報告。

夜はロハスナイトマーケットへ出かけストリートフードを堪能。



帰りに、300ペソのマッサージへ行き、

夢の世界に入りかけたところでマグネチュード7.7クラスの地震が起き

自分はベッドに裸で残され、セラピストや、店の人はみな外へ避難してしまった。

ビサヤ語でなんやかんや言ってるもんだからよくわからず、

10分ほどそのまま待っていると続きをやってくれて無事に終了。

ホテルに戻ると何やら騒がしく道には人があふれていた。

どうやら、安全確認ができるまでホテルに入れないとの事。

日本と違いフィリピンの免震構造はまだまだで今後の課題になっているという事は

この後知り合う政府の人間から聞くことになる。

ダバオは今まで見てきたフィリピンと大きく違い、安全で綺麗な町だった。

日系人も多く日本人が住みやすい街だと思う。

前市長時代に武力行使で徹底的にクリーン作戦を行い成功したとの事。

外でたばこでも吸ってたら銃で打たれる、ごみをポイ捨てしたら打たれる。というレベル。

打たれるまではないにしてもそのくらいの意識で注意しなければいけないということらしい。

実際ドラッグ関連では怪しい奴はバンバンその場で打たれていたらしい。

 




 

翌日震源地の近いミンダナオ島から離れ、ルソンへ。

 

そしてパンパンガでゴルフ、飲みへと続く。

 

パンパンガでのゴルフはとても楽しかった。

借りたクラブはかなり年季がはいっておりもちろんスペックも

アベレージ向け、フルキャビでよく飛ぶアイアン。

ドライバーは合っていたのか池の多いコースだったが全然曲がらず

ボールはなくならなかった。

何ならキャディさんたちは、日本から来たタガログ語の上手なゴルファーが珍しかった様で

自分がスターになったかのような勘違いをさせられた。



球飛ぶし曲がらなかったもんだから、来週あるトーナメントに出なさいと猛烈な勧誘を受けた。

アマチュア向けの大会で商品はランドクルーザー。


ナイスバーディー



延長して出場したいたころだったが、

年末という事もあり帰国後の予定はパンパンだった為

来年また戻ってくるよとあきらめることに。

もちろん1年間腕を磨いてクラブ持参して大会に挑みたいと思う。

 

とゴルフ熱が一段と高まったところで、マニラに戻りもう1コース回ることに。

ここでもなれないクラブのわりに良い感じで回れた。

しかし、タートルネックタイプの半袖のゴルフシャツはドレスコードに反するという事で

このコースではNGだった。

急遽半袖の襟付きシャツを購入したがビジター価格で少しやられた気分に。



写真にある水色のシャツだが、意外といい感じに見えるので知らないブランドだが

今後も使っていきたいと思う。

 

マニラでは日本語学校で少し講師をしたり、日本に行きたいと勉強に励む生徒と

交流をした。ビジネスパートナーとも今後の戦略等長いミーティングの後帰国した。

 




かなり省略して書き殴ったが

今回は応用編というべきか前回よりもたくさんの経験と成果を得ることができた。

これまでの活動が紐づき帰国後直ぐの東京イベントにつながるわけだが

この時はまだ知らなかった。