はい、出ました。

閲覧注意ということで、読むのに抵抗があるかたは、読まなくても大丈夫です。

セクハラって、ちょっと触られた、みたいなものから、嫌なことを言われた、みたいなものもあれば、レ◯プまがいのものまで、様々だと思います。

ただ、どんな場合でも、相手が嫌だなとか怖いなと感じればセクハラだし

これぐらいならいいだろうとか、これぐらいなら耐えればいいとか、第三者が決して言えない問題だと思います。

まずは、セクハラを告発しない人の心理から。

1.誰かに話すことで、頭の中で再体験をしてしまう

誰だって、嫌なことは忘れたいし、思い出したくないし、できれば人を憎みたくないものです。だって自分が苦しいから。
人に話すということは、多かれ少なかれ、被害に遭った時の感情を再体験します。
フラッシュバックが起きて、呼吸が苦しくなったりします。
恐怖、悲しみ、怒り、無力感、悔しさ、自責の念、後悔、、、
感じることは他にもたくさんあるでしょう。
告発することで起きる再体験に被害者が耐えられない、これは、あらゆる性暴力が表面化しにくい、ひとつの理由だと思います。

2.加害者とのパワーバランス

セクハラは、パワハラも同時に行われていることが多いです。
逆らえない、もしくは逆らいにくいという力関係の元、セクハラをされているわけです。
ああ、本当に、セクハラをする人ってまじで最低なんですが、、、
訴え出ることで、被害者が不利益な状況に追い込まれてしまう可能性がある。
仕事がもらえなくなったり、過重業務にされたり、きつく当たられたりするかも。だから言えない。ということは、よくあると思います。

また、兄や父親のように慕っている人からのセクハラの場合、相手を責める感情を抑えてしまうこともあります。

あんなに良くしてくれた人に対して、面と向かっては怒れない、とか、

怒りの感情を持つ自分を責めてしまうこともあります。

幽◯白書の躯(むくろ)ってキャラクターが居たのですが、、、人間の防衛機能なのか、相手を憎む感情が沸くと同時に、相手が自分に優しくしてくれた記憶も思い出したりして、激しく感情が揺れてしまうこともあります。

これはかなりエネルギーを消耗します。


3.話した相手に責められるかもしれない

被害者には何の落ち度もなくても、自分を責めてしまう被害者は多いと思います。
そして、話した相手からも責められるかもしれない。だから話せない。という気持ちは分かります。

次に、セクハラを告発する人の心理です。

1.誰かに状況を分かっていてほしい

例えば仕事で知り合った人からセクハラを受けると、セクハラ自体は仕事場で遭ったものではなくても、仕事場に行っただけで頭の中で再体験をしてしまうことがあります。
当然ですが、パフォーマンスは落ちます。
自分の都合でパフォーマンスを落としているのではなく、セクハラに遭ったことで、パフォーマンスを落とされているのです。
誰もセクハラに遭ったことを知らないとなると、かなりの疎外感を味わいます。
解離したような感覚も味わいます。
周りは一生懸命仕事できてていいなあ、楽しそうに仕事ができてていいなあ。
セクハラに遭った自分だけが汚れているような、心を汚されてしまったような、別の世界に行ってしまったような気持ちになることもあるでしょう。
その気持ちを誰かに知っていてほしい。
誰か分かってくれている人が居るというだけでも、救われた気持ちになることもあるでしょう。

2.セクハラの無い世の中を創りたい

どんなに人気のある業界でも、セクハラを受けることが登竜門になるような業界って嫌ですよね。
今まではよくあることだったとしても、決してセクハラが当たり前の世界が理想ではないはずです。
理想はセクハラの無い世界ですよね。
現実を、なるべく理想に近づけたい。
祈るような気持ちで、告発することも、あると思います。

ここからは、番外編。
私がセクハラを受けた人に言いたいこと、それは、

あなたは何も悪くない

だから、あなたがやりたいように、どんな選択肢も選んでいい。

どんな感情が沸いても、あなたは何も悪くない。

そう思います。