ある夏の日
ふと気がつくと駅にいた。ホームのイスに一人座っている。時計を見ると時刻は四時十五分、忙しそうにホームを人波が行きかっている。あれ、私はいったいなにをしているんだっけ。よく思い出せない。いつ駅にきたのか、いつからここに座っているのか、思い出せない。傾きかけた日ざしがやけにまぶしくてよく前が見えない。
ふとその時、私の横に背の高い男が立った。くろいコートを着ていて灰色の帽子をかぶっている。誰だろう?私は男の顔を見ようとした。だが夕方の日差しがまぶしくて男の顔がよくみえない。
「どなたでしたっけ?」
私は男に聞いてみた。すると男は
「あなたの・・・・・ですよ」
と答える。周りの雑音がうるさくて声がよく聞き取れない。
「あなたは気がついていない・・・知れませんが・・・・・・・・だったんですよ」
なにをしゃべっているのか、肝心なところを聞きとることができない。私はイスから立ち上がろうとした。すると男はくるりと向きを変え、人ごみの中を歩き出した。私は男の後を追おうとした。男は背がかなり高く、人ごみの中でも頭一つ抜けていたが、階段を下っていくところで姿が見えなくなってしまった。私は男を追うのをあきらめ、又イスに座ってしばらく線路を眺めていた。
駅に電車が入ってきた。ドアが開き中からたくさんの人が吐き出されてくる。ボーっとその様を眺めていると人ごみのなかから私に声をかけてくる者がいた。
「お、~じゃん。おまえなにやってんの?今日授業さぼったべ。」
大学の友人だった。
「あ、ああ、ちょっと・・・」
「やばいんじゃない?あの授業さぼると落とすぞ。」
「う、うん」
「あ、俺帰るけど、お前どうすんの?なにしてんだ?」
「あ、ああ、私も帰る・・・」
私は立ち上がり、駅の出口まで友人と一緒に歩いていった。
「じゃあ、またなー」
「あ、またね・・」
友人と別れ私は家に向かって歩き出した。
外は徐々に暗くなってきている。ゆっくりと人ごみの中を歩いていると遠くでなにかサイレンの音が聞こえる。ああ、いやだな、サイレンの音は。私はなんとも重苦しい気分になり家路を急いだ。サイレンの音はドンドン近くなっていく。
砂漠
ある晴れた日の昼休みだった。僕は大学の教室でお昼ご飯を食べながら友達とおしゃべりをしていた。次の授業は解析力学だった。昼あとの授業って絶対ねちゃうんだよなーなどと思いながら飯を食べているとその時廊下の非常ベルが突然鳴り出した。
なんだろう?「ねぇ、非常ベルなってるよな!?」と言おうとしてふと周りをみると周りの人達の動きがとてもゆっくりしている。ほとんど止まっているようだ。乾いた風が窓から入ってくる。そうか、その時がきたんだな…。そう思い僕は席を立った。
教室を出て周りを見わたしてみると、どの人もみなほとんど止まっているようなゆっくりとした動きになっていた。学校中で非常ベルがなり響いている。階段を降りる。重いドアを開ける。外の通りには風に吹かれて砂がさらさらと舞っていた。少し小走りになりながら学校の正門に向かう。いつ見ても大きな門だ。そう思いながら正門を出た。学校の外も同じ。砂がさらさらと舞っている。学校から離れ、四谷駅の前の橋を渡る。そのあたりではもう建物はほとんど砂になっていて、もとの形がわからなくなってしまっている。
もう一度学校の方を振り返る。「さようなら、僕が23年間暮らした世界。」 僕が橋を渡り終えると橋はくずれてなくなった。目の前には黄色い砂が延々と続く砂漠が広がっている。足を踏み出してみる。やわらかい砂の上なのに不思議と歩きやすい。しばらく進むともう砂の山以外はなにも見えなくなった。僕はそれから7日間歩き続けた。
そしてまた日が昇った。斜めに差し込む日の光がまぶしい。大きな砂の山をまた一つ越えた。すると遠くに大きく高い茶色い壁が見えた。それに向かって歩いていく。砂がサラサラと足元を流れる。近くに来てみるとそれはレンガでできていた。そしてその壁の一部に門のような穴が僕を迎え入れるように開いていた。その奥には一つ階段がある。門をくぐり中にはいる。ゆっくりと階段を下りる。
降りたところには青いドアがあった。ノブに手をかけ回してみると、ドアは静かに開いた。中は小さな部屋だった。机、ベット、棚、椅子などが小奇麗に置かれていた。机の上を見ると、一枚の紙が置いてある。「おかえりなさい、ここがあなたの部屋ですよ」。紙にはそう書かれていた。その字はあきらかに僕の書いた字だった。そうだ、長い間忘れていたけれど、ここは僕の部屋だったんだ。「ただいま」とつぶやく。整えられたベットの上には、しおりがはさまった本が一冊おいてある。ああ、そうだ、この本よみかけだったなぁ。僕はベットに寝ころがりながら本のページをめくった。
