新緑萌え出ずる侯。
この頃の樹々の緑のグラデーションは、
何時間見ても見飽きることのない美しさです。
やっとブログを書き始めた翌日
まさかのミステリーツアーで150㎞ほど南西の
伊豆半島へと駆り出されて居りました。
我が連れ合いは、サプライズ好きで

『行くぞ〜』の号令で
@※%☆◎▽×→ ( ̄□ ̄;)!!
慌てふためいく私を楽しみに
旅行を計画しているに違いない、と
そう確信しています。
(弾丸旅行はもちろん車中泊。蚊取りや
薬類、レジャーシートに山歩き靴…
ちゃんと準備しないと遊べない)
まー、それはともかく。
今回、伊豆半島に出て
『ほぉー』となったのは
彼が子供時代に訪れた思い出の地を
40〜50年の記憶を遡り、辿って歩いてたこと。
美味しかった海鮮料理屋さん
テントを張った絶景ポイント…
子供心に、楽しかった日には
《こんな楽しい事は、絶対忘れないように
しっかり心に刻んでおかなきゃ!》と
思ったそうです。
そして、刻んだ記憶の鮮明さがまた驚きで。
建物や海、山などの配置のみならず、
その時の匂いや色合い、音など
五感を総動員して記憶している様子。
何十年と経って様変わりしていても
耳に覚えのある地名と記憶を重ねて
引き出せる記憶がある事に驚きました。
私自身は、強烈な記憶や原風景などは
意図せず焼き付いていて
それでもざっくりな記憶なので
風化したところを他のイメージが補完して
勝手に美化されていたりします
(⌒-⌒; )やれやれ
人って、同じ場所で同じものを見ていても
実際はまるで違う経験をしている…って話を
よく聞きますが、本当にその通りです。
私の子供時代は、そんなあちこち
遊びに連れて行って貰えなかった
周りの子が羨ましくて眩しかった…
そんな、
その当時満たせなかった思いが
全く違うところで育った他の人の記憶により
埋め合わせ、充されていく。この不思議。
子供時代の不足感っていうは、
願いや望み、憧れを育む大切な、大切な
土壌なのだなぁと
改めて感じたのでした。
(当時はちっとも嬉しく無かったけど!)
生い茂る草に行く手を阻まれた階段
けど、サバイバルナイフくらいでは
とても排除できない手強い藪でした。
(それでも釣り人の姿は点々と見かけるので
渡し舟でも使ったのかしら?)
せっかく海沿いを走ってるのに
ちっとも磯に下りられないなぁ〜と
少し凹みかけてたら
ほら!まるで浮世絵みたいな
素晴らしい佇まいの富士山が現れました。
辿れるように…
しっかり、しっかり刻んでおこう^ - ^
それが、この世に生まれてきたお土産の
一つだろうから。




