母の手術が終わったのは金曜日の朝でした。有給を取っていた私は、土日体を休めて仕事に行ける!
ゆっくり眠って明日の面会時間に、母の面会に行こうそう思っていました。
母が入院していた病院は第1ICUと第2ICUがあり、どちらも一般病棟より限られた面会時間での面会しか出来ませんでした。
手術終了後受けた説明時に
「当分携帯電話にすぐ出れるようにしておいてください。」と言われ、まさかのときのためにと電話番号を書かされていました。
そのため常に音かバイブが鳴るようにしていました。
疲れと安堵で泥のように眠り一度も目が覚めず迎えた手術終了後の次の日、携帯電話が鳴ったのでした。
時間を見ると7時ほんの1分位を過ぎた頃でした。
きっと時間を考え見計らって電話をしてくださったのでしょう。
もしもし。。出てみると、母が入院している病院からでした。
「○○さん(母の名前)が脳梗塞の疑いがあります。先生がご説明をしたいと言っていますがどうされますか?」そんなような内容でした。
脳梗塞❗❗❗
その単語を聞き、
なぜなぜなぜ?がまず思い浮かび、
二つ目として
病院に行きます!すぐ行きます!
そう答えていました。
眠たかった頭はすぐに目が覚めおばに電話をし病院に向かったのでした。
病院は電車を乗って家から40分くらいのところにありました。
ICUの面会時間ではありませんでした。しかし、病院について真っ先にICUの受付のインターフォンを鳴らし先生からお電話をいただいたことを話をし中に入れてもらえたのです。
中に入ると昨日よりも増えた10本以上の点滴に繋がれた母とその横に
手術をしてくださった明らかにお休みで緊急に呼び出されたであろうジーンズ姿のM先生の姿と何人かの先生がパソコンのデータとカルテとにらめっこをしていました。
あのぅ。。そう声をかけると、
「N先生が学会で京都におり、こちらに向かっています。直接説明したいと言っていますがお待ちいただけますか?」そう言われ、
待つこととなったのです。
夕方になりN先生同席のもと説明を受けることに。
最後、手術終了した日の夜に確認をしたときは正常だったこと。
朝まで脳梗塞が起きてることに気がつかなかったこと。
薬を投与したが、脳梗塞によるなんらかの障害が出るだろう。その一つとして、意識障害が出ており麻酔が今切れているが目をさますのはもうすこし先になること。
この先、一週間は様子を見守り脳梗塞の状態も注意していくこと。
など説明がありました。
私は放心状態。先生の説明を聞くことだけで精一杯で。
その夜、脳梗塞という文字をインターネットで何度も検索し調べたのです。
そしてその日から光が見えず、毎日のように母の面会に必ず行きそして家で泣き、悩み。。。
母と話が出来たら母はなんて言うのだろうかそんなことばかりを考えながら過ごすことになるのです。
そして、ふつふつと沸いてくる疑問
医療ミスなのではないか。。
その疑問が強くなった頃、N先生から病状説明があったのです。