老子の兵法~戦略・戦術はもういらない~湯川進太郎著を再読破した。
物事は究めていくほどシンプルとなり自然に帰っていく。だから、【無手勝流】こそが、人生において一番重要であると強調されていた。【無手勝流】とは、 戦わずに勝つこと。力によらず策によって勝つことを意味する。
以下は、この書籍における要約である。
①武道とは、要するにタオ【宇宙の根元となる真理】を知る為のモノである。
②武術の術たる所以は、最小のコストで最大のベネフィットを生むことである。
③天は長く地は久し。
④⭐上善如水⭐上善は水の若し。水のようになれば、柔らかくぶつからず、その場に良い流れを産み出せる。
⑤あれこれ習うよりも、シンプルに一つの術、技、形をただひたすら練る方が、より深く高く遠い所に行ける。
⑥技の本質は、目で見ても分からないから全身くまなく使って考え抜くことである。
⑦達人とは、評価や功績に縛られない自由で自然な存在になることである。
⑧目に見えるモノをヒントにして、大切な見えないモノをつかむことである。
⑨あるがままに観察しつつ、流れの中で流れに乗り、.抗う事なくただ在り続ける。
⑩人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。
勝ち負けを越えて、大いなる自然に従え!無理に勝とうとすれば、勝つどころか負ける。だから、勝たないようにしつつ、負けないようにするには、自然でいる事である。
⑪企(つまだ)つ者は立たず、跨(また)ぐ者は行かず。
つま先で立つものは、立ち尽くすことができない。大股で歩くものは、長く歩くことはできない。
⑫自ら伐(ほ)むる者は功無く、
自ら矜(ほこ)る者は長(ひさ)しからず。
自分でほめる者は、何も成功しない。自分の仕事ばかり、誇りにする者は、長続きしない。のことが記されている。
⑬自然とは、余計な装飾を削りとっていった原石である。物事は究めていくほど、シンプルになる。シンプルとなり自然へと帰っていくから、そこに、真理がある。真理に近い人には自然と人が付いてくる。
⑭むてかつりゅう
【無手勝流】戦わずに勝つこと。力によらず策によって勝つこと。
戦わないで勝つことを理想とする流儀。
⑮天下の万物は有より生じ、有は無より生ず。いつもやっていることに極意がある。
⑯天下の至柔(しじゅう)は天下の至堅(しけん)に馳騁(ちてい)す。
有(う)無くして間(ひま)無きに入る。
吾是を以て益有ることを知る。【第43条】
水はまっすぐ進む、岩をも切り裂いて、
大地の堅い意志に沿うように走っていても
いつか、水の柔らかい意志に大地はその姿を変える。カタチに囚われないソレは
新しいタチを作り出す。でも水は意志を意識せずただ法則だけで動く
言葉のない自然からの教えは、誰も何も逆らえはしない。これこそ無為の法則
天下の至柔(しじゅう)は天下の至堅(しけん)に馳騁(ちてい)す。
有(う)無くして間(ひま)無きに入る。
吾是を以て益有ることを知る。
不言の教え、無為の益には、天下之に及ぶことは希(まれ)なり。
⭐自分の意思でも、相手の意思でもなく、それを超越した意思に導かれる。それが水のごとき無為自然である。
⑰武道家とは、常に備えている人である、
⑱タオは、実践し続けなければ見失ってしまう
→道なる者は、万物の奥、善人の宝、不善人の保つ所なり
⑲水は低い所に流れていく。そうして、川はやがて海になる。だから低くへりくだる者がタオに通じている。
⑳無手勝流(むてかつりゅう)」とは、「戦わず相手を負かすこと、相手に勝つこと」また「自己流」「自分流」という意味を持つ言葉です。語源となった背景を想像すれば、冷静沈着に相手を見送り「自分なりの勝ち方」を見出した瞬間だったのでしょう。
以上であるが、やはり、三つの名言が、私にとって印象深い。
・達人とは、評価や功績に縛られない自由で自然な存在である。
・人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。
・天下の至柔(しじゅう)は天下の至堅(しけん)に馳騁(ちてい)す。
・無手勝流(むてかつりゅう)」とは、「戦わず相手を負かすこと、相手に勝つこと」である。語源となった背景を想像すれば、冷静沈着に相手を見送り「自分なりの勝ち方」を見出すことである。
老子の教えは、天下の至柔を強調しており、一番良いのが【無手勝流】と強調していると、私は痛感している。
・天下の至柔(しじゅう)は天下の至堅(しけん)に馳騁(ちてい)す
水はまっすぐ進む、岩をも切り裂いて、
大地の堅い意志に沿うように走っていても
いつか、水の柔らかい意志に大地はその姿を変える。カタチに囚われないソレは
新しいカタチを作り出す。でも、水は意志を意識せずただ法則だけで動く
言葉のない自然からの教えは、誰も何も逆らえはしない。
世の中の最も柔らかいモノは、最も硬いモノに勝てる
世界で最も柔らかものが世界で最も固いものを動かし、水のように形のないものが、すべての隙間にしみ通っていく。我々はその無為な動きがよい変化をもたらすことを知っている。言葉を必要としない教えが、何もしないのに広がっていき、天下にはこれに敵うものがない。
天下の至柔(しじゅう)は、天下の至堅(しけん)を馳騁(ちてい)し、無有は無間に入る。吾れ是を以て、無為の有益なるを知る。不言の教、無為の益は、天下のこれに及ぶこと希なり。