エホバを心から愛してはいても,神から好ましい者として知っていただけるとは思えない,という人もいます。自分には価値がないのでエホバに属することなどできない,と考えるのです。
9/15 25ページ 3節 塔11 (あなたはエホバに知られていますか )
「エホバを心から愛している」は、この人の自分についての証です。
私は心からエホバを愛しているので、自分は立派なエホバの証人です、と自分について証言してるわけですが、他の人にとっては、そんなことどうでもいい事で、私達が関心あるのは、エホバはどうかという事です。
「神から好ましい者として知っていただけるとは思えない」
がこの人のエホバについての証です。
私は心からエホバを愛しているのに、エホバは私なんか愛してくださらないとエホバについて証しています。
エホバがこの人を愛していた場合、この人はエホバの偽りの証人になってしまいます。
人は自分が本当に愛しているものしか証しすることは出来ません。
ですから証人である事に意味と価値があるのです。
自分について証している人は、本当は自分を愛しているのです。
自分を愛している人は、真のエホバの証人には絶対なれません。
真のエホバの証人は「私はエホバを愛してる」とは言いません、
「エホバは私を愛してくださった」と証しするのです。
この記事は統治体によって準備された記事です、したがってこのような記事を出した、統治体も真のエホバの証人ではありません。
