最近snsを家族のアカウント以外消した。なんならグループラインも家族のどうでもいい写真が送られてくる、通知が多い事にイライラしてたためそちらも消した。
私は趣味でハイブランドのものを集めていた。それを買うために仕事のモチベーションも保っていたし、自分で稼いで何かを買うことって悪いことだとは思わない、素敵なことだと思う。
ただずっと疑問に思っていたのです。私は人からどう見られたんだろう?高級なものを身につけ、良い食事を取り、充実して不満がないかのような自分を魅せる。
いやこれは私がやりたい事ではない。私が本当に手に入れたいものは、そんなものがなくても自分に誇れる私なのだ。
実際仕事はそれなりに出来る、普通の人よりも多少はいいお給料を貰ってる。でもなんで満たされないんだろう。ずっとずっと考えていたが私の中で一つの答えが出た。
子供の頃から親に言われていた、お金持ちの人と結婚する、女の子は綺麗でいなくてはならない、学歴がないといけないみたいな世の中で言う分かりやすいスペックを私は自分の幸せではなく、心のどこかでこういうものを手に入れたら幸せになれる、そして
母も認めてくれる
そんな母に認められたい幸せを心の中で叶えようとしていたのだろう。
実際幼少期からの私は勉強とか結婚とかそういったものには全く興味がなくて習い事(ダンスや演劇)で母に褒めて欲しかったのだ。
ただ舞台を見にきた母の一言。
あの衣装太って見える、あなた足が太い。
そう言うような言葉を投げかけられるタイミングがすごく多かったように感じる。私はただ母に頑張ったね、また次も見に行きたいなとかただ肯定してくれるような言葉が欲しかっただけなのに。
これは大人になった今でも続いている。
女の子は太っちゃダメよーだったり最近は貴方二重幅広げたら可愛くなるんじゃない?費用は出してあげるからなどと言ってくることもある。母自体がとても美人でおそらく綺麗でいることで沢山得してきたのだろう。
体型に関しては接触障害になりかけた部分もあり今だに太ることの恐怖心や食事に対しての執着が人一倍強いので、母に言わないでって心からお願いした事があるが幼少期の頃から積み上げられてきた母の言葉が今も身体に染み付いている。
このような経験をして育つと自己肯定感の低い大人に育つんだなぁと自分を見て思う。
だからいくら稼いでも、いいものを身につけても満たされない、心が疲弊していく。それは私が外側からの評価じゃなくて、内面や私自信を愛して欲しいから。だれか愛してくれる人がいなくてもそんな自分を私が抱きしめてあげたいから。
一つ勘違いしないで欲しいのが私はファッションが好きで美容も好きでそれらが好きな人を否定したい訳ではない。
自分で自分の事を抱きしめてあげても、すぐ手を離して貴方なんかろくでもない人間だよ、どうせ頑張っても無駄だよ意味ないよって最終的に自分で自分を傷つけてしまうのだ。
それが、辛い。とても辛くて惨めで、いい歳なのになんで過去の出来事や同じ思考に囚われているんだろうと思うと本当に恥ずかしい。苦しい。
だから私は自分の事を本当に好きになるために他人と比べてしまう要因のsnsやそういったものを全て一旦手放す事にしたんです。
昨日もそのsnsで繋がった友人に別にいいじゃんそこまでしなくてもと言われたのですが私から一方的に切るような形で全てのアカウントを消しました。本当に良くしてもらったのに申し訳ないという気持ちと罪悪感と何かあればリセットしてしまう私の悪いところが全部出てしまって昨日はやけ酒しました。笑
なんで泣いているのかも分からないくらい泣いて、もうこのまま今日はマンションのベランダから飛び降りてしまおうかなんてすこーしだけ思いました。
ただ私には守るべき家族(猫)がいるのでその子を見届けるまでは死ねないです。
それに全てを投げ出して死を選ぶと言うことは現実からただ逃げただけで楽にはならないと私は思います。
だから私は死なない。でも死ぬ気でもう一度自分と向き合いたいなと心から思いました。
日々起きたことや感じたことこれからもブログに残していきたいです。