介護生活が2ヶ月程続き、とも君の状況は一向によくなりませんでした。なんとか立ち上がってくれないかとやってみては落ち込み涙する毎日。
タクシーで病院へ向かう途中に車内で先生に電話で泣きながら状況を説明しました。先生に舌を噛まないように口にタオルなど噛ませてくださいて言われ対応。
タクシーの運転手さんはただならぬ状況を感じ、一番近道で行くから頑張って、と応援してくれました。
その間もとも君は目は開いていたのですが、瞬きすらせず、よだれが出続け、体は四肢を伸ばしきったまま、固まっています。このまま私の腕の中で死んでしまうと思って、仕事に行っていた姉にも電話し、とも君はもう無理かもしれないと伝えました。すぐに会社から病院に向かってくれました。
病院についたら、タクシーの運転手さんがお金は後でいい、あなたの荷物も運ぶから、とにかく病院へ入ってくださいと。
先生はすでに他の患者さんの診察を一時ストップして、入口で待って下さっていました。診察室までとも君を運ぶと別の先生が呼吸器や点滴を用意して待って下さっていました。すぐに酸素を入れ、体温を測ると40度超え。すぐに水で濡らしたタオルで体を冷やして、血液検査に点滴。先生2名と看護師さん、私も手伝って4名で懸命な処置。
先生からは処置をしながらこれはもう難しいかもしれないと言われましたが、その後、先生の懸命な処置でとも君はなんとか命を繋ぎました。
ただ、またすぐに2回目の痙攣が起こる可能性もあり、そうなると助からないかもしれないことを告げられました。その時に積極的な治療をするか、それともそのまま楽にしてやるかどちらがいいかと聞かれました。
(姉がしばらくして到着し、病院の外にいたタクシーに気づき、支払いをしてくれました。)
すぐに返事ができず、姉と病院の外で話をして、先生にもう積極的な治療はやめます、とも君が次に苦しんだら、無理な治療はせず、楽にしてやりたいと伝えました。
その日は入院をさせることも考えましたが、状態が落ち着き、もうとも君と過ごせる時間は限られていると思った(先生にもそう言われました)ので、自宅に連れて帰りました。
てんかんのお薬が効いたのか、2回目の発作は起きませんでしたが、一睡もせずにとも君のそばにいて朝を迎えました。
この日から体が異常に固くなってしまい、足や手を動かそいうにも固まってしまってなかなか動きませんでした。
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とも君の危機は何度もありますが、中でもこの日がとも君が我が家にきてから一番辛い日だったと、今でも姉と話をしています。

